母である自分のこころの病について これまでの歩み①

自分のこころの病について告白

私は小さいことから約30年ほど自分の言いたいことが言えない人間でした。そのせいなのか、弱気な性格が祟ったのか、楽天的な性格のはずなのにうつ病のような症状が現れるようになりました。

敗北感を味わう

それまで好き勝手に家を出て生きていた自分は、28歳ごろから親元に戻って生活を始めました。生活し直し始めたという感じです。若い頃はとにかく親と一緒に暮らしたくないと思っていましたし、それなりにプライドもあって誰の世話にもなりたくないと思っていたので職場を転々としながらもなんとか自立して暮らしてきました。

しかし、何の資格もなく強みもない自分は1人で暮らす限界を感じて親元に戻ったのです。それはそれは屈辱的な気分でした。自分は凄いんだ、できるんだと思い込んで生きてきたので敗北感が凄まじかったです。本当は何もできていなくて、ただ1人で飛び出して生活していたというだけなので、勘違いも甚だしい考えだったと思います。

怒られたり嫌味を言われる日々


勘違いして転職をしていたので何もできないのにできる気の自分でいました。偉そうにしたり、分からないと素直に言えなかったり、人に頼れなかったり、それはそれは批判の対象になりました。怒られたり、嫌味を言われたり陰口を叩かれたりと壮絶でした。

でも、なんとなく負けたくなくて平常心を装ったり、余計に偉そうなことを言ってみたり。自分よりも弱い立場の人を見つけては安堵して、もう何だか最低の底の底みたいな人間でした。

自分のできないを認められない

仕事もある程度はできるのですが肝心なところでミスをして、そのせいでオロオロしたりマイナスの連鎖で失敗をして、でも素直に謝れなくてまた嫌味を言われたり。そんなことの繰り返しでした。段々と自分に自信が持てなくなっていきました。

会社に行きたくない

2年ほど経って、会社に行きたくないと思うようになりました。そのころにはもう心療内科にも通っていて、自分ではうつなのではないか?と思っていましたが、それよりも症状は軽かったようで”不安症”というのが病名でした。

土日は特に何もやりたくない、寝ていたい。外に出たくない。出たら後ろ指刺されて笑われそうだといつも思っていました。外出が怖くて仕方なかったです。仕事には休まず無遅刻無欠席で通いましたが、毎朝行きたくないと思って車のハンドルを握っていました。

言い返せない

嫌味を言われても言い返せないし、怒ることもできないし、そもそも自分に自信がないので自分を否定してばかりいました。弱気で自分の意見も持っていないし、仕事にも自信がなくなりその後な何だかんだとあり退職してしまいました。

目標を持てない日々

思い出すのもなんだか辛いですが、なんで生きているのかわからないくらい病んでいました。あの頃は本当に暗黒の時代です。そんな時代が10年くらい続くことになります。

ようやく立ち直ったのは11年後

最近になってからです。立ち直ったのかな?と思えるのは。自分に対してこれでいいんだと思えるようになり、外に出るのにも自分の身を引きずる思いではなく出て行けるようになったのは本当にここ最近のことです。

こんなにかかったとは書いていて自分でも驚きです。
どんな風にここまで立ち直っていったのかをこれから綴っていきたいと思います。

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