母が抱える心の病」カテゴリーアーカイブ

母親である筆者が抱えている病、こころの病気

心理学やスピリチュアルとの出会い これまでの歩み⑨

気付いて歩みを進めると出会ったもの

これまで軽いうつ病になりながら。躁鬱を繰り返しながら自分自身と向かい合い、解決の糸口を探りながら自分なりに必死に生きてみました。そうすると多くの気付きや新たな出会いがあったのです。

悩んだ日々

子供のこと。旦那のこと。アスペルガーやカサンドラ。仕事のこと。人間関係のこと。親のこと。友達のこと。
誰にだって悩みはある。ただ少しだけ敏感で、その対処法を知らずに生きて来たから。人よりもたくさんの悩みを抱えてしまっていただけ。

自分の特性や性格、他者との境界線が薄いことや想像力のたくましいこと。そういうことを理解していけば生きやすくなることに気付けたことが今は良かったと思います。

でも、一生懸命だった


そう、自分なりにもがき苦しんできたけれど、そのときそのときで一生懸命だった。ダメダメなこともたくさんしきてきたし、だっさくて、幼稚だと思われるようなこともしてきたし、そういう考えを持っていたこともある。今でも持っているのかもしれない。

だけど、一生懸命そのときの問題に向き合ってときには解決して、ときにはこじれて、ときには逃げて、そうやって学んできた。
その経験はやはり無駄ではないと思えるから。

心理学や発達のことからスピリチュアルなことまで

壁にぶち当たって、もうどうにもならないときに、その時折に出会った心理学であったりスピリチュアルな考え方であったり、そういうことに助けられて自分を奮い立たせてこられたのはありがたいことだなぁと思います。

子供の発達について。自分自身の病気について。ネガティブに捉えようとすればいくらでも捉えらえるし、落ち込もうと思えばいくらでも落ち込むことはできる。

けれど、それを原動力にしてよりよい未来に進んでいこうとするなら、暗い道ばかりではないのじゃないかと思える。

これからもどんどん進んでいきたい


たまには立ち止まることもありけれど、後ろを振り返ってしまうこともあるけれど、ずっと前に今よりもどんどん前に進んでいきたいと思っています。

自分自身の感情、性格、先天的なモノ、環境、そして旦那のこと、子供のこと、全部全部ひっくるめて全て知りたいから
心理士の勉強をしよう。資格を取ろうと、ココロに決めました。

心理士の資格を取るには大学で学ぶ必要があるようです。

今から勉強…私自身、こんな大きな目標や決断をするのは初めてかもしれないので達成できるのかわかりませんが、前に進むために第一歩として、できないという思い込みを自分で超える努力をしてみようと思います。

自己肯定感を高める作業 これまでの歩み⑧

失った自尊心・自己肯定感

子供の頃に機能不全の家庭に育ったインナーチャイルドを抱える人は自尊心がなかったり自己肯定感が低かったりします。どうしてそれらを失ってしまったのか。失ってしまうとどういうことが起きるのか。自尊心や自己肯定感を高めるにはどうしたらよいのかを考えていきます。

幼少期の経験


私はある時期親が大嫌いでしたし、親に育てられたなぁ、ありがたいなぁと本心で思うことがないです。(形だけはありがとう!とかいったりできますが…)
確かに楽しかった瞬間はありますし、家族でカードゲームをしたり人生ゲームをしたなぁ、あのときは楽しかったなと思うこともなくはないです。なので物凄く放ったらかしにされて育ったわけでもありません。

ただ幼い頃、母親は病弱で入院をして親戚に預けられていた期間があり、父親は子供の面倒を見ず自分のしたいことだけをする軽いネグレスト気味な人だったので私はどこに感情を吐き出していいかがわからず、大人に気に入られなければならないと思いながら育ったのだろうと思います。

親は共働きで、特に母親は昼も夜も働かなければ家族が生きていけなかったので、子供たちが起きてる間は家にいない状態というのもありました。一生懸命働いてくれたんだろうな。大人になれば働くってことがどれだけ大変かが分かってくるので、それはそれで感謝もしています。

しかし、子供と全くコミュニケーションが取れていなかったり、会う機会の少ない子供にいつも辛く当たっている。仕事で疲れていることを私たちにぶつけている?というような状態は私たちのために働いてくれている親を子供が逆恨みするという悪循環を生み出します。

だったら貧乏でも温かく優しい親の元で育てられた方が幸せなんじゃないかと思ってしまいます。私たち子供が大人になってから母親もそんなことを口にした日もありました。寂しいときに側にいてくれる。それだけでも子供は自分はここに居ていいんだと安心したり、自己肯定感を養ったりできるものなのではないかな。私はそう思います。子供の頃、いつも親が側にいなかったから。

大人になって困ること


自尊心がなく自己肯定感が薄い人は大人になってから、特に社会に出て働いたり人間関係を構築して上でさまざまな問題が起こってきます。その中でもよくある大人になってから困ることを書き出してみたいと思います。

・人の言うことは間違いがないと思っている。もしくは思い込んでしまっている。
・自分で考えずに他人を信じる。信じたいという心境がある。
・嫌なことも「イヤ」と言えない。
・過剰に人に合わせてしまう。
・他人の嫌がらせや悪口にも文句を言えない。言い返せない。その通りだと思って落ち込む。
・自信がなく新しいことができない。極度に新しい環境を恐れる。
・突発的にキレる。怒りの調整ができない。怒ると爆発する。
・自分が愛されていると思えないので、些細なことで他人が私を嫌っていると思い込む。
・親しい人間関係が築けない。いつも依存するか拒絶するかになる。
・自分を低く見せて気に入られようとする。
・自分を労わることができず追い込むことばかりしてしまう。
・いつも自分を責めている。
・できないと思い込んでいる。
・自分の感情よりもどちらが得をするのかを基準にしてしまう。
・自分にいつも嘘をついているので、人に間違った捉え方をされるし望まないことに巻き込まれがち。
などなど…

自尊心や自己肯定感が低いと自分の人生を歩んでいるという感覚が薄く、いつも他人の評価を気にして、出来ない自分を責め、身動きが取れなくなっている状態の人が多くいます。そういう人は他人から責められることによってうつ病を発症したり、自信のなさや自分の存在感のなさから自傷行為に及んだりすることも少なくありません。

自己肯定感を高めるには


本来の自分を取り戻すために、自己肯定感を高めたい。こんな自分ではもういたくない。そうは思っていてもどうやって高めていけばいいのかわかりません。つい何年か前まで、私もそう思いながら辛いな、辛いなと言っていました。自己肯定感を低くしているのは自分の中の思い込みが一番強いのだろうと私は考えています。だって今は親からも離れ、生活もできているし、結婚もして、子供も生まれた。世間一般からすれば幸せな状態にあるような状態にいます。でも自分は辛い。自信がないと言い続けます。

それを止めるにはどうしたら良いのか。
本来の自分、自信のある自分。自分を信じられる自分になれば、これらの悩みはスッと波が引いたようになくなるのではないかと思います。

では、本来の自分に戻って、自信を取り戻し、自分を信じられるようになるにはどうしたらよいのか。今、私自身が実践していることや見聞きした方法を書き出してみようと思います。

小さな目標を次々とクリアしていく

日々の生活の中で、小さな目標でよいのでそれを一つずつ確実にクリアしていくことで自分の自信を積み上げていく方法です。できないという思い込みをできるという潜在意識に書き換える作業です。

潜在意識の中にこれまで培った「私はできない」という思い込みはかなり強力なものです。それを崩していくにはいきなり大きな目標を持ってイチかバチか達成させる効果を狙うよりも、確実に「できる!」を積み重ねた方が思い込みの壁を打ち砕くのには有効だと思います。万が一自分の目標が達成されなかった場合、「ほらね、できないでしょ」と自分を納得させてしまう可能性があるのも理由の一つです。

道のりは遠いように思えますが、これが一番の近道だったりもします。やる癖が付けば、次第に目標のために動くことが苦にならなくなるのも不思議です。今まで外に出るのも嫌だったのに、「これを達成しよう!」という理由があれば外に出ていくことが比較的、楽に行えるようにもなったのです。

アファメーション

アファメーションとは短い言葉を発して、マイナスな潜在意識をプラスに変える脳への働きかけのことです。
アファメーションで大切なのはこうなりたい!という予想ではなく、自分が今まさにそういう状態にあるということを言葉に出して言うことです。

人に愛されたい場合は
・私は人に愛されたいです

というのではなく、
・私は人に愛されています

とすでにそうなっている状況を発することで、愛されている状態を引き寄せます。

愛されたいと言ってはいけない理由は愛されたいとずっと思い続けている状態を引き寄せてしまうので、愛されるのではなく、永遠に愛されたい状態を継続してしまうからです。

こんな簡単なことで変わるわけがないと思うかもしれませんが、「私は誰からも愛されています」と言い続けていると、あーこれいつもの嫌われるパターンだ~と思ったことも顔を合わせるとぜんぜん怒っていなかったり、むしろ大切にされたり、あなたに癒されると言われたり、不思議なことがたくさん起こりました。

ドキドキする不安な心はそう簡単には無くならないけれど、あれ?いつもと違うな、好かれているのかな?私、と思う場面が増えてきたのも事実です。

最近はよりしゃべる言葉に近いような言葉で自分に話しかけます。

・最近好かれとんよね~私
のような言い方です。話し言葉である口語と書き言葉である文語の感じ方はやはり全く違います。特に方言のまま言ってみると真実味が増して、自分でも妙に納得できるんです。私は愛されています。と小説の一文みたいな言い方だと「えー嘘だよね~」ってどこか疑ってしまうのでこの言い方に最近は変えています。

自分の長所と短所を書き出す


自分のことを知る上でも長所と短所の書き出しは効果的です。文字におこして自分の目で見て、あーこういうところが私にはあるなと確認ができれば自分を受け入れる作業も楽に行えるようになります。

ダメだと思っている短所は自分でダメだと決めつけていることが多く、それは幼い頃にそう言い聞かされてきたからかもしれません。私はオトナシイ子、そう言われて育ちました。実際の自分はおとなしくありません。活発ではないだけで、心の中はいつも嵐です。おっとりなんてしていません。激しい怒りの感情や喜びの感情をどう表現していいのかを知らないだけでした。

だから、おとなしくてもいいし、おとなしくなくてもいいし、どちらでもいいんだ。そう自分に言ってあげます。
人の言ったことをその通り実践しなければならないから、私はおとなしくてダメな子、そう今までは潜在意識が決めつけていました。

そこから解放されるのです。

自分の良い部分を毎日褒める

上記の「自分の長所と短所を書き出す」が済んだらこれをやるとより自分の中で決めつけた短所から解放されます。それは短所を裏返せば長所だし、長所を裏返せば短所になりうるからです。どちらの自分もあってOK。それが自分を作り上げている要素だから。そう思えたら最高です。

そうした観点から考えて、人からの承認を得なくても、自分自身が自分のことを肯定して良いと言ってあげていれば、自己肯定感はおのずと高まっていきます。

「うそでしょ、そう思っていない自分が自分に言っても意味ないんじゃない?」と思うかもしれませんが、毎日目に見えるように書き出したり、声に出したりしていると脳はそのことを潜在意識の中に刷り込んでいくので、自分の思いとは別に「自分は素晴らしい!」と無意識に思うようになってくるのです。

人からしてもらったことを書き出す

自分はしてもらえないのが当然だと思いながら、やってもらえないことを恨んだり悲しんだりしていることが自己肯定感をますます下げてしまいます。してもらえなかったことにフューチャーするのではなく、やってもらったこと、それにより嬉しかったこと、感謝をしていることなどを紙に書き出してみましょう。書き出すことで自分もたくさんのことを人にしてもらっているんだなということに気付くことができます。

他人の態度にムカついて私は大切にされていない!と私もしょっちゅう思ってしまいます。特に家族となると一緒にいる時間も多く、遠慮がなくなるのでより強い憤りを感じたりもします。そんなとき、紙に家族、例えば旦那がしてくれたことを書き出してみるのです。
・いつもゴミ出ししてくれる
・お風呂の掃除をしてくれる
・子供を遊びに連れて行ってくれる
・旅行の計画を立ててくれる

忘れているだけでたくさんのことをしてくれている旦那に気付けました。
あまりにも書き出すことがない!という場合は結婚生活を見直すという解決法も必要になるかもしれませんが、自分がしてもらえない!と思った時には一度冷静になってしてもらったことを数えてみると案外たくさんのことを与えて貰っていることに驚きます。

カウンセリングを受ける

これまで色々な方法を書いてきましたが、自分ではどうしようもないというときもあります。私自身も自分を責め過ぎて抜け出せないほどどん底を味わっていたとき、藁をも掴む思いで電話カウンセリングを受けたことを思い出します。

専門の先生にカウンセリングを受けることは私にとって吉でした。個人でされている先生のカウンセリングは金額が高めなので躊躇してしまいますが、人からワークやセッションを受けるのと、本やブログを読んで勉強するのとでは全く違う効果があります。心が解放されるような感覚を今でも覚えています。これ以上は抱えきれないとなったときには思い切ってカウンセリングを受けてみるのもいいかもしれませんね。

保険適用の病院でのカウンセリングや市町村などで行われている無料カウンセリングを利用するのもおすすめです。人に話して理解をしてもらい同意してもらうということも自己肯定感を高めるのに効果的だと思います。

瞑想をする

私自身は瞑想に対する知識がそれほどないので、瞑想とは自分の呼吸に意識を向けて、周りのことから自分のことに意識を変える作業と認識しています。色々なやり方やマインドフルネス、瞑想、座禅などとさまざまな考え方がありますが、難しく考えずに、まず自分を貶めるような考えや思考を止めてフラットな状態に戻るときに用いるものと思い実践してみるのが良いのではないかと思います。

関西の産業医をされている精神科の井上先生が詳しいやり方やなぜ呼吸法が用いられるのかについて書かれています。
井上先生のブログ「たたかう産業医!」はこちらからどうぞ↓↓
『マインドフルネスは、なぜ”呼吸法”に注目したのか?』

簡単に書き出すと
・10秒以上かけて呼吸をする
・呼吸をするときは吸うよりも吐くことに集中する
・吐くときは息を全力で吐ききる
・これを5分以上続ける

となります。

とても分かりやすく、取り組みやすいので瞑想初心者の方におすすめしたいです。かく言う筆者も初心者も初心者なので先生のブログを見ながらココロが乱れたときは呼吸を整えています。

アロマを活用する

今私が最終的に辿り着いたのがアロマオイルです。香りというのは心の癒しにとても効果的に働いてくれます。私自身は最近ヤングリビングのアロマオイルに出会い、小さい頃のトラウマや自分の中の思い込みと向き合って新たな一歩と踏み出そうと日々奮闘しています。

アロマの香りを嗅ぐだけで気持ちのリセットができ、辛い思いから抜け出す手助けをしてくれるような、香りにはそんな力が秘められています。世には数多のアロマオイルが存在しますが、不純物を含まない天然のオイルが効果的だろうと思います。植物の力は人間の心に深く働きかけてくれているような気がするのです。

好みもありますし、スピリチュアルなことは苦手!という方は深く考えず、好きなアロマを焚いてその匂いを嗅いでいるだけでも心が落ち着くのではないでしょうか。

まずはやってみるが一番の近道


怪しいよな、こんなので効果があるの?と思うこともあるかもしれません。自分のことを書き出したり、肯定的に自分のことを言うなんて恥ずかしくてムリ!とか、自分と向き合いたくないと思うのも仕方がありません。だってずっと自分はダメな奴と思い込んで生きて来たのだから。

しかし、どこかでこの壁をぶち破りたいのであれば、まずはやってみることです。

恥ずかしくても誰もみていなところでやればいいんです。根拠のない自信が湧いてきたらそれが自己肯定感です。
私自身はインナーチャイルドに加えてHSPの人の感情に振り回されるという体質を持っているので、まだ湧いて来たりしぼんでしまったりを繰り返していますが、明らかに何かが変わってきていると感じているのでこれからも続けていきたいと思います!

親離れできていない自分を省みる これまでの歩み⑦

自分と親との関係性

「アダルトチルドレン」や「インナーチャイルド」と呼ばれる人たちがいます。

親の存在、特に母親との関わり合いは子供にとって大変に大きな影響をもたらすと私自身が体験してきたことを思い出してもそう思います。
なんだ、親のせいにして逃げるのか!という人はおそらくいい親に育てられた人たちでしょう。

健全に育たなかった自尊心や自分に対する自信。価値。これらを奪い去るのは他ならない母親だと私は感じています。
では、そのように育ったからもう何も打つ手はないのか?というとそうではないとも思います。私たちは大人になったのだから、自分の力でそれを乗り越えることができる。そうも思うのです。

アダルトチルドレンとは

家庭内でのトラウマで心に傷を抱えたまま大人になってしまった人のことを言います。機能不全の家庭で育つと親に気に入られなければ生きていけなという思いが強くなり、大人になっても自分の意思ではなく、気に入られるための行動を取ってしまい自分自身を苦しめてしまいます。

インナーチャイルドとは

子供の頃、なんらかの影響でありのままの自分で生きられなかった人の感情を子供時代の自分自身に投影した偶像、イメージのことを言います。子供のころに親の愛情をたっぷり受けてのびのびとやりたい事をやり、考えた通りの行動をして過ごした子供のイメージをワンダーチャイルドと呼び、逆に自分の感情を押し殺して親の顔色を伺いながら親の望むように行動していた子供のことをインナーチャイルドと呼ぶのです。

アダルトチルドレンと呼ばれる人の子供時代の偶像はインナーチャイルドであり、自分の感情や思ったこと、やりたい事を押さえ込んで成長してしまうため、たとえ親から離れて暮らしていても自分を信じられなかったり、自分の行動に自信が持てなかったり、社会に出てからの人間関係の問題を多く抱え、生きづらさを感じながら生きていくことになります。

どうして自尊心や自信が育たない子供になるのか


毒親という言葉をよく耳にするようになりました。アルコール依存症や虐待をする親。育児を放棄し自分のことしか考えられないネグレスト。私自身はそれほど毒があるというほど強烈な親に育てられたわけではありません。ですからもし、もっとひどい親に育てられていたなら…心の傷を癒すのにかなりの時間を要しただろうなと思います。

しかし、暴力を振るわれたり、ネグレストをされたり、そんな強烈な体験だけが子供の心を狂わすわけではありません。目に見えない言葉や態度での暴力もあります。

長い間、自分が自立して稼ぐなり嫁ぐなりして親元を離れるまでの親に世話になっている期間に、永遠と繰り返された母親の言動は子供の将来を大きく変えることになります。

子供を認めない親

子供が頑張ってしていることや、努力を全く認めずに「そんなことをして何になるの?」「もっと実のあることをしなさい」「あなたに出来る訳がない」と常に子供を否定し続ける親は子供の自尊心や自己肯定感を損なわせます。子供はやがて自信を無くし、私は何をやっても認められないと思うようになり、どうしても承認欲求の塊のような人格を形成しがちです。

子供に依存・支配する親

子供のことを責めたり貶し(けなし)たりして自尊心を挫き、私が居ないと生きていけないでしょうと共依存を強要し、やってあげる親と反発したくてもできない子供の図が出来上がます。いつしか子供を支配し自分の言いなりにして振り回してしまう親は、子供にはキツイことを言うのに「私はあなたがいないと生きていけない」というような弱々しい一面を子供に見せることで、離れようとする子供に罪悪感を抱かせて大人になっても支配をし続けたりもします。

そうすると、子供は自分を責め続ける人格になります。抜け出せないジレンマで自分自身を失う人もいます。自分が何を考えて、何に喜びを覚えて何に悔しがり、悲しむのか。そういうことすら親に奪われてしまうと自分という殻を着た何物でもない自分に怯えて過ごす、もしくは自分自身への愛着が度を越えてしまう愛着障害を引き起こしたりしてしまいます。

親の無自覚


親にはそのつもりがないという場合もあります。心配だった、躾だったという自分の思いを尊重した子育て。
そもそも親は自分の親にされたことしか出来ないという法則があります。
子育ては他の人のやることを見ながらするということができないので、自分の独学でのやり方をするのが普通だし、子育てとはそういうものであったりします。

しかし、自分のことを大切に考えてくれない親に育てられた人はその育て方しか知りません。自分が辛くて、そのことについて調べたり勉強したりして、自分は子供に同じ思いをさせたくないと気付いた親であれば、自分が子育てをしていく中でどう子供と接することがいいのかを考えながら接するでしょうが、特に何も考えずに苦しみながらも同じことを繰り返してしまう親も多いことと思います。

私自身もそういう鎖の中にいます。
親は子供の事よりも自分の承認余裕のために動くことの方が圧倒的に上回っていました。うわべではあなたのためにと言っていましたが、それよくよく考えてみて、自分のためだよね?という事柄が非常に多かったです。あなたのためにお金を稼いできているのだから、私をいたわるのが当然でしょう。洗濯や洗い物、ほとんどの家事は子供がするものだと良いように自分の中で置き換えて変換して、やっていないと怒られました。(理不尽な気持ちでしたがやらなければ怒られるものだと認識した私は「やってあげている」というところまで気持ちを持ってきて抵抗していました。)

だから私はなるべく家事は自分でしようと思っているのです。しかし、どうしても自分のことばかりをしてしまいます。子供よりも自分が認められることを選んでしまう自分がいます。家事は二の次になります。家事をして家族が過ごしやすいように環境を整えるということを知らないからです。家事ってやらされる嫌な事なんですよね。だからやりたくないになる。

また、親がやっていたことと同じことをやってしまっている自分もいます。子供のためと言い、好きな縫い物で子供の服を縫ってあげる。これって自分の楽しみのため、だよね。

これから生きていくうえで


インナーチャイルドを抱えたまま大人になってもそれを手放せずに自分を信じられず、日々の生活に困っている人はこの国にはたくさんいるのではないでしょうか。

だからって母親を責めてないで…

親とは違う人格を生きるんだという強い望み。これが必要だと思います。
辛い経験をした。なのに親から離れられないのもインナーチャイルドであったりします。それはインナーチャイルド特有の共依存にあるからです。支配する親と、支配されているということを逆手にとってその親を支配しようとする子供の終わりのない戦いにも関係します。

親を頼って生きない。親を恨みながら生きない。

母親ばかり責めて、だから私ってこんなんなんだわ!と開き直って生きていてもどうにもなりません。子供を育てるという機会がやってきたのなら、親の辛さを想像して、噛みしめて、「あーお母さんも大変だったんだね」「悩んで結果的にああいうことになってしまったけれど、私はあんな風に生きなくても生きていけるんだ」と強く自分に言い聞かせることが永遠と続いていく鎖の威力を弱めることに繋がっていくのだと思います。

認めて、許して、一歩前に

どんなに気を付けていても、ふとした時に「あっ私、親と同じことを子供にしている!」と気付くことはたくさんあります。そんな自分を責めずに生きようと思っています。この呪縛のような鎖はすぐには解けないのです。ほんの少しでも子供に辛い思いをさせたくないと思う気持ちが一番大事です。私は気付いたのだから、これから代々子供達にはこういう思いをさせないと思えばいいのだろうと思います。

ことさらに子供にやってしまうことについて自分を責めない。あー私がそういう風に育ったから仕方ないんだね、それ以外を知らないんだね私、と認めて、自分を許し、こうするよりもこうした方がいいんじゃないかということを一つずつ子供にしてあげる。構ってあげる。自分のために子供の自信を削ぐようなことを言ったり、したりしない。子供を信じる。

難しいことだけれど、一歩ずつできたらいいですね。

情けない自分を受け入れるという作業 これまでの歩み⑥

心を病んでしまった人がやらなければいけない課題

一番辛い作業であり、やらなければこれからの人生が変わって行かないということが
「情けない自分を受け入れる」という作業です。

こんな私なんて最低だよねーーー!
なんてごまかしも通用しません。

だって、そんな風に自分を捉えて妥協して今まで生きて来たんだから。
それを変えるなんてまず無理だし
ダメな自分を受け入れるということは
やらなければいけないことがたくさん増えていくということにも繋がるから。
それが感覚的に分かっているので
心を病んだ人は自分を受け入れるということを避けて生活をしています。

心(ココロ)が傷つくのは自分の考え方のせい

羽根

ダメな自分であった方が実は心地いい。
そんな馬鹿な事があるわけがないと思うでしょうが、実体験しているのでこれは明らかにそうです。

ダメな自分であれば、それ以上成長しなくて済むし、失敗した時にほらね、だからダメだったでしょ、で終われるから。
そういう考え方でいると責任をつい他人任せにしてしまうので嫌われたり、ダメな奴だと思われやすくなります。
そうして傷つくのは結局自分なのに、気付かずに人ばかりを恨んで過ごしてしまいがちです。

人のことを恨めない人はそこでさらに自己嫌悪に陥り悪循環が始まってしまいます。

子供の頃に母親に認めてもらえなかった人は特に自分を軽視する傾向にあり、さらにHSPの気質を持っていると自分が悪いと思う感覚が強く加わるのでこの自己嫌悪を長くこじらせてしまうようにも思います。

もういいんだよ。自分のココロ

こんな悪循環はもう終わらせましょう。

ねぇ私。もうやめにしない?
自分なんかって思うのもう止めよう。

自分なりに一生懸命生きて来たでしょう?
だから、もう自分を許してあげよう。

これからだって大変なことが待ち受けてるかもしれないけれど。
もっと何かをやらなくてはいけなくても、何でもやってみればできる。
ダメだったらまた次の扉を開いてみればいい。
だから不安ばかり自分に与えないで自分を好きになってみよう。

自分を許すとはどうすることか

花
とは言っても長年続けてきた思考を止めて自分を大事にする、許すなんてどうやってするんだろうと私なんかは今でも時々頭がパニックになります。

アドラー心理学ではそうして生きて来た思考を変えるにはその2、3倍の年月がかかると言います。それじゃ今世では変われないかもしれないな私(笑)それくらい、自分の続けて来た思考を止めて新たな考え方を自分の中に根付かせるのは根気のいる作業だと思います。
やったことがないから、予想も付かないし。
変わることが怖い、とか、変わらないで!と、潜在意識が訴えかけてくるかもしれません。

どうやったら思考を変えられるのか。
自分なりに考えてみました。

自分の思考を変えて自分を許すには

どう実践したかを少しお話しします。悩んでいる方の参考になれば幸いです。

恥ずかしいけれど心に響く方法

まずは言葉に出して言ってみます。

「もういいよ」

「もう悩まなくていい」

「よく頑張ったな自分」

「それでいいよ」

「別に私は悪くないよ」

そういう言葉を自分に対してかけてあげること。

バカバカしいように感じたり、自分で自分にそんな言葉を言うなんて!って恥ずかしがったりしてしまいがちですが、そこをグッと飲み込んでとにかく自分に聞こえるように言ってみる。

これは即効性はないですが、じんわりと自分を癒しているように思います。

刺激や行動・運動

過去、まったく辛い思いや自己嫌悪から抜け出せなかった時期は、ただただ布団の中で「胃が痛いー!」だの、「眠れないー!」だのやって過ごしていましたが(復活に2週間ほどかかっていました。仕事場でそうなった場合は仕事を辞めてから寝込むパターンが常でした。)

最近は気付きがあって症状が軽くなってきたので、グルグル回るマイナス思考、自己嫌悪に対して自分の頬っぺたを両手でパンパンと叩くとか、直ぐに動き出す。お風呂掃除を始める。料理を始める。だのをきつくてもやるだけやってみる。動き始めるだけですが考えが薄れてきているのに気付きます。

言葉に違いが見られる

そうして自分を許していくと、普段投げかけられて怒る様な自分に対する批判に対しても「そうなんですよ」と言えたりします。そんな自分ですが何か問題がありますか?っていう感じで開き直るというか、あなたから見てもそうだよね、と二人で納得するというか何と言いますか。
そうしたら相手も、あ~分かってんだ、となります。
優しい人だとこうすればいいよとアドバイスをくれたりもします。
自分のそのときの気持ちはというと、
「言い当てられて恥ずかしい!」
「悔しい!」
「知られたくなかった!」
「そんなこと言わなくてもいいじゃない!」

がなくなりました。
無駄に悩むことが少なくなります。

そうしているとふと何も考えらえなくなった

そうやって自分に言い聞かせながら過ごしているこの頃なのですが、なぜだか今、どうしてこんな気持ちになるのか分かりませんがかなり無気力のやる気がない状態です。眠たいし、けれど眠れないし。

変わりたい自分と変わりたくない自分との葛藤が起こっているのでしょうか?

心がココにない感じがします。
ふわふわとしてしまっているような感覚です。

自分を許すことを続けるとどうなるのか?
変化が見られたらまたこのことの続きを書きたいと考えています。

承認欲求が自分をダメにする これまでの歩み⑤

承認欲求を知るに至る

承認欲求。
初めて聞いたときは何だか小難しそうだけど、これ多分自分のことだな、と思いました。
誰かに認められたい、もっともっと私を認めて欲しい。
承認欲求は往々にしてエスカレートするものです。

きっかけはアドラー心理学

承認欲求を知ったきっかけはアドラー心理学でした。
たまたま付けていた深夜のテレビから承認欲求という言葉が飛び込んできました。
岸見一郎先生のHNKでやっていた「100分de名著 アドラー人生の意味の心理学」が私のこころに刺さったのです。
直ぐに著書である「嫌われる勇気」を購読し、
それから程なくして先生の講演に参加できる機会が訪れて。
承認欲求から解き放たれた
「嫌われてもいいんだ。自分に正直に生きていく」
という考え方を知るに至ったのです。

まだ道半ばで、「嫌われてもいい」という生き方とはまだまだ程遠い生き方をしていますが
このとき知った承認欲求という言葉に自分自身が救われた気持ちになったのも事実です。

いつも抱えていたのは認められたいという欲求だった


承認欲求という言葉を知るまではいつも何なんだろう、このモヤモヤとした気持ち。
人にすがりつきたくなるようなこの感情は??と思っていました。

自分はどうして初めての場所や人の前でオロオロするのだろう。
どうして好かれようとしてしまうのだろう?いつも同じことをしてしまう。
それほど関係性が密でない相手にもどんな人にもそれを望んでしまう。
人がこちらのことを大切にしてくれないと不安で仕方がなくなる。
これはいったい何なのだろうか?
と、いつも思っていました。

そしてそれが承認欲求だと知りました。
認められたいんだなと、なるほどなぁと納得することができて少し自分の中のモヤモヤ、ザワザワしていた気持ちが治まりました。

承認欲求について深く考えてみる

ではどうして承認欲求が生まれるのでしょうか。

それは幼少期の体験なのか?
確かにそうです。
幼い頃に共働きだった母親。いつだって側にいないし、とにかく私のことを考えるという余裕はないようでしたし、積極的にこちらに関わってくることもなかったです。
きっと母もそうやって育ってきたのだろと思います。
私が今、子育てをしていても「どうやって子供と遊んだらいいんだろう?」とよく考えるので
遊んでもらった記憶があまりないんですね。

子供の頃に親に認めてもらえず、
あなたはここがダメ、あそこがダメ!全然出来てない!って言われ続けて生きて来たら。
言葉には出さなくても、なかなかやっていることを認めてくれなかったり
そんなことをやって何になるの?あなたに出来る訳がないと
遠回しに否定され続けて生きて来たら。
それが親の心配であっても
一つも認められた意識がないとしたら

大人になってその穴を埋めるために
一生懸命に人に尽くしてしまったり、こびてしまったり、
こびないまでも下手に出て自分の価値を下げながら生きて来たのだとしたら。
そんな人生では自分の道を進んでいくことは到底できないと思います。

そもそもそんなことを感じない人との違いは何か

では、承認欲求など必要と感じずに生きて来た人との違いは何なのだろうかと考えてみました。

・幼少期の人格の認定
親の所有物ではなく「個」一人の人間としてきちんと承認されているかということ。

・自分自身への自信、愛着など
自分を過度に愛しすぎて自信を持ち過ぎてしまうとまた違う弊害を引き起こしてしまいますが、
自分自身を適切に愛して自分の存在を自分自身で大切にできる力があるのかどうか。

・自分を客観視する力
周りが見えているのかどうかも、関係があると思います。
自分のことしか考えられない状態にある場合はどうしても視野が狭くなり多くの承認を得たいともがき苦しんでいる傾向にあるように思います。どれだけ自分をフカンでみられるのか冷静に判断ができるのか。

こうしたことに違いがあるように思います。
幼い頃に形成されてしまったもの、大人になる過程で失ってしまったもの。それは人によって色々なタイプがあるのだと思います。

すべての承認欲求が悪いわけではない

承認欲求というのは誰しも持っている感情だと言われています。
なので、ある程度軽い承認欲求であればそれを糧としてやる気を出したり、承認されたときに喜びに出来て次へのステップのきっかけにしていくこともできます。

問題なのはもっともっとと際限なく人に承認欲求を求めてしまうことです。

承認欲求の落とし穴

承認欲求が強くなり過ぎてしまうと、なりふり構わず人に認められようと翻弄してしまいます。
急に人の態度が不審に思えたり、何度も確認してみたり、認められているという実感がなかなか得られないとその相手を攻撃しだしたりすることもあります。

そんなことをして得られることといえば、”信用の失墜”や”自信喪失”。
それまで何とも思っていなかった人もそんな人間とは関りを持ちたいとは思わなくなり、去っていきますし、強すぎる承認欲求で得られるものは何もありません。

もし、承認欲求を得たい相手が、騙すことが上手な人であればこういう状態の人をカモにしてお金をだまし取られたりされかねません。
それほど周りがまったく見えなくなることもあります。

どうすれば承認欲求を抑えらえるのか


それは自己愛の形成です。
そして自分が自分を認める事。

なかなかそうして生きてこなかった人間にとっては難しいことです。
自分を愛さない生き方は
誰かに依存をしたり、誰かに寄りかかって生きていくことと似ています。
その通りの人もいるし、現に私自身も極度の依存体質であったりします。

自分を愛さない方が楽なんです。
人との摩擦もないし、頑張る必用もありません。

それを超えて、変わりたいと願った自分自身が居たのでこうしてサイトを立ち上げました。
自己愛はまだまだ、楽な方に流されっぱなしですが、自分を少しでも愛して、自分を認めることをやり続けていればいずれこの呪縛から逃れることが出来るだろうと信じています。

母親と子供の関係性 これまでの歩み④

PCが気付かせてくれたもの

今考えるとパソコンがそこにあったから、ネットの中の膨大な情報の中から「気付き」を得ることが出来たんだなと思います。こんな時代ではなかったら、永遠に暗いトンネルの中で迷っているだけだっただろうと。

ネットサーフィンで見つけたキーワード

旦那と出会い、結婚をしてからも不安症や生きづらさ、人に認められないことに対する絶望感や自分に対する不信感、周りの人に対する劣等感は付いて回りました。

そんな折に、たまたまパソコンを使える環境になりました。
パソコンを自宅で触る機会が増えたので、自然と自分の悩みや性格なんかを調べてみることが多くなりました。
そこで目に止まったのがいくつかのキーワードです。

アダルトチルドレン

最終的にたどり着いたキーワードはアダルトチルドレンでした。
私がアダルトチルドレン??アダルトチルドレンって子供のまま大人になった人ということではないの?夢見がちな人のことでしょ?
ずっと勘違いをしていました。

子供の頃の環境・経験がきっかけで傷を負い自信を失って自分を認めてあげられない人がアダルトチルドレンなのですが、もしかして私ってアダルトチルドレンなんではないか?調べていくうちにそう感じるようになりました。

心のカウンセリング

不安感が強くなると胃が痛くなりキリキリと痛み出すのでそうしたことも気になって調べていたところ、胃や腸の専門家の先生が心のカウンセリングを行っているというサイトに行き着きました。
そこに載っていたのが個人的なカウンセリングです。

一対一でココロのことがわかる先生にカウンセリングを受けたいと常日頃思っていたので、金額はかなりしましたがこれにかけてみようと予約を取りました。そのカウンセリングは電話でのやり取りが可能だったので出かけて行くこともなく受けられるのも魅力でした。出かけるのは億劫だったので気が楽だったのです。

カウンセリングで分かった母親との関係性

カウンセリングでは自分が思い込んでいたことの開放と母親との関係性が語られました。実践もありました。自分の言葉で間違いを正したり、先生が私の間違いを正してくれたりといった内容でした。(詳しくは書けませんが…)

特に私にとってハッとさせられたのは母親との関係性です。

今、自分に子供が出来たので余計に分かるのですが、母親に育てられた私たちは母親の性格にどうしても振り回されてしまうのはどうしようもなく、あらがえないものだろうと思います。

私の母親は自分のことを必死で高めて、まるで誰かに認めてもらいたというような努力をする人でした。自分に対しての自信もあるようでないような。だから子供のことは目に入っているようで入っていないのだろうな。そう子供心に感じていました。

自分が余りにも人に認められたいと感じるので腑に落ちたのです。
あー、私は母親に認めてもらいたいのだなぁ、と。
ということは私の母親もきっとおばあちゃんに認めてもらいたかったのだろうなぁと。

育てたものの後を追う


人を育てるというのは誰かの生活を垣間見ながらそれを元に同じようにやってみる、というようなものではありません。
育ててくれた人の育て方しか子供は学べないのです。

だからこそ、間違った育て方をしてしまうと、その行いに気付いて改善しない限りは何代にも渡ってカルマのようにその間違いを引き継いでしまいます。

そのことから、母親と子供の関係性というのは何よりも大切なものだと私は思います。

…そう言いながらも、日々の暮らしを承認欲求のために費やして子供を蔑ろにしてしまう自分もいるので、
あーーカルマは確実に引き継いでいるのだな。少しでもこのカルマを薄くして、次の代に引き継がなければなと。
しかし子供との接し方、特に遊び方が分からない。
どうやって遊ぶんだろう?自分が楽しむことならいくらでもできるけれど、子供が楽しむように遊ぶとはどうやるんだ?

きっと私の母親もそういう思いを抱きながら子育てをしたんだろうな。
何もかも母親を責めればそれでいい、というわけではないのです。
ただ、自分の母親も同じ苦しみの中でもがきながら生きてきたのだろうな、と思うだけでも
自分の生き方が変わって来るのではないかと思うのです。

先の見えないトンネル これまでの歩み③

不安症に至るまで

負のスパイラルにハマる

転職を繰り返すうちに、
仕事に行っても失敗が怖い→人が怖い→それでなおさら失敗する→なじられる→素直になれない→嫌がられる
といったことを繰り返して
負のスパイラルにハマり身動きが取れない状態でいました。

これは今から13年くらい前に始まったように思います。

それまではのんきに自分はすばらしいー!なんて思って気楽に過ごしていたので
「何をやってもどこにも辿り着けない」
といった経験をしていく過程は、今はあまり思い返したくはないです。

とにかく出会う人出会う人に嫌われていました。
それでもいい部分もあったとは思うのです…。
本当の自分の良さに共感してくれる人もいましたが
私自身が勘違いをしていたので、それも時と場合によるという感じで、
すべてを認めてくれる人は現れなかったです。

自分のココロが大きな間違いをして壊れていたからだと
今であれば分かりますが
どうして自分がこんな扱いを受けるんだ!と憤慨しながら不安に陥ってオドオドして…
という日々を過ごしていたのです。

初めての受診

この頃に初めて心療内科に受診します。

心療内科なんて私には関係ないと思っていたのですが、まさかお世話になるとは。
その心療内科にさえ盾突くことがあったりもしました。
精神がおかしくなっていたというか、
不安心が強くなり過ぎていて?なのかわかりませんが
病院に行ってもとにかくイライラしていました。

それでも私は正常なんだって思っていました。
ただストレスで不安にさせられているんだ、という感じで
心療内科も、患者一人一人と関わって、ゆっくりと時間を掛けて話を聞く、
といったことをしていてはさばけないので
(なのかどうかはわかりませんが)
近況報告したら直ぐに薬を決めて終わり。

という流れなので、こころが落ち着いたり、
不安な気持ちを取り除くというような
そういう作業を特に行うといったことはありませんでした。

このことは嫌味を言いたいのではなく、
ココロを癒すということや心理学でココロについて深く追求するということと
病名が付いて病院で治療するということは
まったく別物なのだということが今であれば分かるので
仕方のないこと、出会えていなかったのだな。
自分の”調べる意欲”、それに向かう自分の”気付き”が足りなかったのだなと思います。

薬を飲んでも直らない

ということで薬は不安な気持ちを抑えてくれるだけで、
ココロは何も変わらずに不安感は消えないまま
ずっと暮らしていました。

今思い返すとハイ↑になるときとロー↓になるときと
躁鬱を繰り返すような日々だったなと思います。

薬は不安を抑える薬とやや躁にさせるような薬に眠れない時のための
睡眠導入剤といった感じで
強いものが処方されているわけでもなく、
病院での症状としては「軽い」ものでした。

薬は気付け薬みたいに思っていて
「これ飲んだらとりあえずドキドキしなくて済むかも」
という感じで使っていました。
副作用も少しだけあって
足がもぞもぞする感覚が時々出たりもしました。

薬は3~4年飲み続けました。
今ではもう飲んでいませんが、いざというときの為に少量の薬は持っていたりもします。
特に睡眠導入剤は
眠れないと次の日に影響が出るので
あまりにも酷いときは使うようにしています。

会社に行きたくないが…

不安感
この頃のココロの大半は会社には行きたくないが、ローン返済もあるし、会社って毎日行くものだし、で通っている感じでした。

行きたくないが真面目

とにかく真面目なんです。どんなにきつくても毎日毎日重たい体を引きずって会社に通いました。

人に嫌がられている、馴染めない、でも気にせずに働こう。
頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ。
そう思っていました。

だから余計に考え方が卑屈で自己中心的だったと思います。
私は何も悪くない、ただ怖いだけだけど、私はこんなに素晴らしい人間だし、認められるべき人なんだ!ときっと心の中で叫びながら、現実とのギャップに不安ばかりを抱いていたのです。

けれど馬鹿真面目だから会社を辞めるなんて考えに至らない。そんな自分は弱い人間になってしまう。負けたくない。何に負けたくないのか、周りの人間なのか?自分になのか?もうよくわかりませんでしたが、そんな気持ちで過ごしていくうちに外に出る事さえも億劫になっていったのです。

パニック障害のような症状

外に出たくない。もしくは出たくない。積極的に出かけるのは無理でした。一歩の出たくなかったです。職場以外に自分から出かけて行くことはほとんどなくなりました。

電車に乗ると色々な人の話し声が自分を責めているように聞こえて震えたり、硬直したりして乗っているのが非常に辛かったのを覚えています。

死にたいと思うようになる

会社に行く日以外は自分の部屋に閉じこもって寝ったっきりの生活でした。休みの日はほとんど眠っていました。昼過ぎまで寝て、テレビを見て、ご飯を食べたらまた寝て。土日がお休みだった時はどちらか1日は一日中寝ていたりする日も多くありました。

そんな日々を過ごしていくと、徐々に私が生きているのはなぜなんだろう?とか、
何の為に生きているんだろう。しんどい、しんどい。もう死んでしまいたい。

そこまでの心境に至るのはどん底の気分の時でしたが、
そう考える日が徐々に増えていったのも事実です。

猜疑心と怒りばかりの日々 これまでの歩み②

辛かった日々ですが、これがあったから今がある。
そう思って書いてみたいと思います。

それもまたツライ作業で…
少しずつ書いて見ます。

ぼんやりとしている子供時代

小・中学時代はとにかく一人でいました。一人でいても寂しいという感情ではなく、一人でいるのが当たり前な感じもしていました。
人は怖いと思っていました。誰からも相手にされない。されても利用されているだけ。そんな猜疑心でいっぱいの子供でした。

何となくお友達も出来たりしましたが、基本的にぼんやりと生きている感じで、”変な奴”だったと思います。物心が付いていないまま大きくなってしまったような感覚で、私の考え、とか意見、とかはあまり感じなくて

「こうすれば嫌われない、こう言えば相手が喜ぶ。」

あとは自分の好きなように心が赴くままに(嫌われないようにという潜在意識に従って)任せる、といったような。
ぼんやりと。

人のことを考えて行動するというよりは
自分の為(損得勘定や、嫌われないためにはといった考え)になるように行動をするのみで、
ただただ他者は怖い存在でした。

それが…

ある程度光が見えていた頃

何となく自分で志望したデザイン科のある学校に行くことになり、そこがとても自分に合っていたので高校時代は心が明るかったです。

自分に自信が持てていたように思います。絵を描くことが唯一の自分の誇れることだったし、何よりも楽しいことだったからです。

今になればですが、同じようにそうした気質の人が多く通ってくるからこそ、人に束縛や押し付けをしない人がいてくれたからこそ、自由を感じられたのかもしれません。不安に感じるようなことや自信を失うような出来事が非常に少なかった高校時代でした。

とても楽しかったです。この頃は若さもありますし、無鉄砲さもあります。
未来はとても明るいものでした。

それから直ぐに就職した先では、まだ高校時代のどこから来るのか分からない自信に助けられて、活き活きと過ごしていたように思います。そうした期間は別の仕事に移ってからももう2年ほど続きました。

一人で出来る仕事をあてがわれていたので2年ほどは続けられるのですが、不安と未来への期待が退職、再就職へと駆り立てて。そうしたことを繰り返すうちに段々と自信が失われていくのですが…

再びやってきた不安なココロ


3度4度と転職を繰り返すようになり、期間も半年と短いスパンになり、私は自信を確実に失いました。
何やってるんだろ~何にもできないな、私。
そんなことばかり考えていた時代です。

悲しみと怒りがありました。
どうして上手くいかないんだ、人に受け入れて貰えないんだ。認めてくれよ!!
仕事も上手くできないし、間違えてばかり。そもそも知らないことを何となくやる、みたいなこともやっていました。

全ては自分の見栄劣等感地に足を付けていない生き方の為に起こったことでしたが、その時はそれが正しいと思っていて、自分なりの夢も持っていたので何が間違いなのかもわからずに、ただただ日々に疲弊していたという感じです。

以前にも話しましたが、プライドが高くて、自分は何でもできるんだという勘違いからくる言動が負のスパイラルを生み出して、底の底へと落ちていくような、そんな最悪な毎日をやり過ごすばかりでした。

思い出すのも嫌です。
反吐が出るほど、あの頃の自分は好きではありません。

ですが、
そんな時代を確かに過ごしました。
そんな考え方でずっと。暮らしていました。

母である自分のこころの病について これまでの歩み①

自分のこころの病について告白

私は小さいことから約30年ほど自分の言いたいことが言えない人間でした。そのせいなのか、弱気な性格が祟ったのか、楽天的な性格のはずなのにうつ病のような症状が現れるようになりました。

敗北感を味わう

それまで好き勝手に家を出て生きていた自分は、28歳ごろから親元に戻って生活を始めました。生活し直し始めたという感じです。若い頃はとにかく親と一緒に暮らしたくないと思っていましたし、それなりにプライドもあって誰の世話にもなりたくないと思っていたので職場を転々としながらもなんとか自立して暮らしてきました。

しかし、何の資格もなく強みもない自分は1人で暮らす限界を感じて親元に戻ったのです。それはそれは屈辱的な気分でした。自分は凄いんだ、できるんだと思い込んで生きてきたので敗北感が凄まじかったです。本当は何もできていなくて、ただ1人で飛び出して生活していたというだけなので、勘違いも甚だしい考えだったと思います。

怒られたり嫌味を言われる日々


勘違いして転職をしていたので何もできないのにできる気の自分でいました。偉そうにしたり、分からないと素直に言えなかったり、人に頼れなかったり、それはそれは批判の対象になりました。怒られたり、嫌味を言われたり陰口を叩かれたりと壮絶でした。

でも、なんとなく負けたくなくて平常心を装ったり、余計に偉そうなことを言ってみたり。自分よりも弱い立場の人を見つけては安堵して、もう何だか最低の底の底みたいな人間でした。

自分のできないを認められない

仕事もある程度はできるのですが肝心なところでミスをして、そのせいでオロオロしたりマイナスの連鎖で失敗をして、でも素直に謝れなくてまた嫌味を言われたり。そんなことの繰り返しでした。段々と自分に自信が持てなくなっていきました。

会社に行きたくない

2年ほど経って、会社に行きたくないと思うようになりました。そのころにはもう心療内科にも通っていて、自分ではうつなのではないか?と思っていましたが、それよりも症状は軽かったようで”不安症”というのが病名でした。

土日は特に何もやりたくない、寝ていたい。外に出たくない。出たら後ろ指刺されて笑われそうだといつも思っていました。外出が怖くて仕方なかったです。仕事には休まず無遅刻無欠席で通いましたが、毎朝行きたくないと思って車のハンドルを握っていました。

言い返せない

嫌味を言われても言い返せないし、怒ることもできないし、そもそも自分に自信がないので自分を否定してばかりいました。弱気で自分の意見も持っていないし、仕事にも自信がなくなりその後な何だかんだとあり退職してしまいました。

目標を持てない日々

思い出すのもなんだか辛いですが、なんで生きているのかわからないくらい病んでいました。あの頃は本当に暗黒の時代です。そんな時代が10年くらい続くことになります。

ようやく立ち直ったのは11年後

最近になってからです。立ち直ったのかな?と思えるのは。自分に対してこれでいいんだと思えるようになり、外に出るのにも自分の身を引きずる思いではなく出て行けるようになったのは本当にここ最近のことです。

こんなにかかったとは書いていて自分でも驚きです。
どんな風にここまで立ち直っていったのかをこれから綴っていきたいと思います。