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先の見えないトンネル これまでの歩み③

不安症に至るまで

負のスパイラルにハマる

転職を繰り返すうちに、
仕事に行っても失敗が怖い→人が怖い→それでなおさら失敗する→なじられる→素直になれない→嫌がられる
といったことを繰り返して
負のスパイラルにハマり身動きが取れない状態でいました。

これは今から13年くらい前に始まったように思います。

それまではのんきに自分はすばらしいー!なんて思って気楽に過ごしていたので
「何をやってもどこにも辿り着けない」
といった経験をしていく過程は、今はあまり思い返したくはないです。

とにかく出会う人出会う人に嫌われていました。
それでもいい部分もあったとは思うのです…。
本当の自分の良さに共感してくれる人もいましたが
私自身が勘違いをしていたので、それも時と場合によるという感じで、
すべてを認めてくれる人は現れなかったです。

自分のココロが大きな間違いをして壊れていたからだと
今であれば分かりますが
どうして自分がこんな扱いを受けるんだ!と憤慨しながら不安に陥ってオドオドして…
という日々を過ごしていたのです。

初めての受診

この頃に初めて心療内科に受診します。

心療内科なんて私には関係ないと思っていたのですが、まさかお世話になるとは。
その心療内科にさえ盾突くことがあったりもしました。
精神がおかしくなっていたというか、
不安心が強くなり過ぎていて?なのかわかりませんが
病院に行ってもとにかくイライラしていました。

それでも私は正常なんだって思っていました。
ただストレスで不安にさせられているんだ、という感じで
心療内科も、患者一人一人と関わって、ゆっくりと時間を掛けて話を聞く、
といったことをしていてはさばけないので
(なのかどうかはわかりませんが)
近況報告したら直ぐに薬を決めて終わり。

という流れなので、こころが落ち着いたり、
不安な気持ちを取り除くというような
そういう作業を特に行うといったことはありませんでした。

このことは嫌味を言いたいのではなく、
ココロを癒すということや心理学でココロについて深く追求するということと
病名が付いて病院で治療するということは
まったく別物なのだということが今であれば分かるので
仕方のないこと、出会えていなかったのだな。
自分の”調べる意欲”、それに向かう自分の”気付き”が足りなかったのだなと思います。

薬を飲んでも直らない

ということで薬は不安な気持ちを抑えてくれるだけで、
ココロは何も変わらずに不安感は消えないまま
ずっと暮らしていました。

今思い返すとハイ↑になるときとロー↓になるときと
躁鬱を繰り返すような日々だったなと思います。

薬は不安を抑える薬とやや躁にさせるような薬に眠れない時のための
睡眠導入剤といった感じで
強いものが処方されているわけでもなく、
病院での症状としては「軽い」ものでした。

薬は気付け薬みたいに思っていて
「これ飲んだらとりあえずドキドキしなくて済むかも」
という感じで使っていました。
副作用も少しだけあって
足がもぞもぞする感覚が時々出たりもしました。

薬は3~4年飲み続けました。
今ではもう飲んでいませんが、いざというときの為に少量の薬は持っていたりもします。
特に睡眠導入剤は
眠れないと次の日に影響が出るので
あまりにも酷いときは使うようにしています。

会社に行きたくないが…

不安感
この頃のココロの大半は会社には行きたくないが、ローン返済もあるし、会社って毎日行くものだし、で通っている感じでした。

行きたくないが真面目

とにかく真面目なんです。どんなにきつくても毎日毎日重たい体を引きずって会社に通いました。

人に嫌がられている、馴染めない、でも気にせずに働こう。
頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ。
そう思っていました。

だから余計に考え方が卑屈で自己中心的だったと思います。
私は何も悪くない、ただ怖いだけだけど、私はこんなに素晴らしい人間だし、認められるべき人なんだ!ときっと心の中で叫びながら、現実とのギャップに不安ばかりを抱いていたのです。

けれど馬鹿真面目だから会社を辞めるなんて考えに至らない。そんな自分は弱い人間になってしまう。負けたくない。何に負けたくないのか、周りの人間なのか?自分になのか?もうよくわかりませんでしたが、そんな気持ちで過ごしていくうちに外に出る事さえも億劫になっていったのです。

パニック障害のような症状

外に出たくない。もしくは出たくない。積極的に出かけるのは無理でした。一歩の出たくなかったです。職場以外に自分から出かけて行くことはほとんどなくなりました。

電車に乗ると色々な人の話し声が自分を責めているように聞こえて震えたり、硬直したりして乗っているのが非常に辛かったのを覚えています。

死にたいと思うようになる

会社に行く日以外は自分の部屋に閉じこもって寝ったっきりの生活でした。休みの日はほとんど眠っていました。昼過ぎまで寝て、テレビを見て、ご飯を食べたらまた寝て。土日がお休みだった時はどちらか1日は一日中寝ていたりする日も多くありました。

そんな日々を過ごしていくと、徐々に私が生きているのはなぜなんだろう?とか、
何の為に生きているんだろう。しんどい、しんどい。もう死んでしまいたい。

そこまでの心境に至るのはどん底の気分の時でしたが、
そう考える日が徐々に増えていったのも事実です。