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子供の才能を伸ばすには?

ぐんぐん伸びる記憶力


最近子供の記憶力がぐんぐんとアップしています。
我が子が興味があるのは語学だと発達の先生は言っていましたが、しゃべらずに心配されていた我が子は今ではどこで覚えて来たの?という難しい言葉を操って、大人たちと巧みなやり取りをしています。

興味があるものをとことん

我が家の方針として、興味があるものには男も女も関係なくできることまではとことんでいこうと。

女の子でもパトカーや救急車、消防車が好きであれば、そのおもちゃを持っていてもいいじゃない。おままごとセットももちろんもっているけれど、トミカの立体パーキングでだって遊んでいます。

ドライバーもネジだって釘だって好きならとことんさせる。料理がしたいと言えば包丁はまだ早いので、ナイフを包丁に見立てて食材も切ってもらう。(固いものは危ないので切らせていないですが(^^;)

余計なお世話は焼かない

スパルタというわけでもないのですが、自分で文字が読めるようになれば楽しいよ、覚えたら?と声掛けをしたのち、遊びの延長線上で買ってきたよくある”水で濡らして貼り付けるひらがなのおもちゃ”をお風呂場に貼ってあげたら、ほどなくして「これはなんて読むの?」という質問が続き、あるとき親に聞かなくても平仮名が読めるようになっていました!!

私自身がそうだったのですが、親がこれはこうだ、やんなさい!できなかったらお仕置きだ!なんてやられていたので、楽しく身に着いてくれたらいいな、という思いはありましたが、こんなにすんなりと学んでしまうとはびっくりです。

苦手克服には刺激を少なく?!


言葉に関してはかなり感心をもって関わっているのですが、それに比べて数字はというとそんなにすんなりとは理解ができないらしく、やや苦手としています。

とはいえ年齢的には早いくらいだというので、そんなに急かす必要はないのですが…親の欲目でしょうね。覚えたら素晴らしい!なんて思ってしまうのですよね。

つい言ってしまいがちな「できないんですよ~」

私はつい言葉にしてしまいがちな子供のできないこと。「〇〇ができないんですよーーー!」って、言葉が理解できるようになった子供ならやっぱり親がそんなことを他人に話していたら傷つくだろうなと思うのです。なのでなるべく言わないように心掛けています。

別に弁明することでもないし、出来ないのが悪いわけでもないのに何なのでしょうね、親の見栄ですかね…。

刺激をなくして楽しく

出来ないんだ、解らないんだ、という子供の不安をあおるようなことは言わず、行動にも起こさず、あくまでも楽しく遊びの中に数を取り入れることにしました。

できないことを刺激してばかりいては子供の自信が育たずに、やはり苦手意識が付いてしまうでしょう。とくにうちの子は完璧主義でもあるので、完璧にできるようにならないとやり出さないので、途中でその努力を挫くことはなるだけ避けなければと思っています。

つい、できるできる、やってみなよーーと安易な気持ちでやらせてしまったり、それでまだできないかーーと落ち込んで見せては逆効果ですよね。

数を覚えるためにやっていること

日頃、お風呂に入ったときは数を数えて上がる、とか
お菓子を数えながら分けたり、最近はトランプを買ってきて遊んだりしています。

先生方も数に興味を持ってくれるように、遊んだ後のぬいぐるみの数を一緒に数えたり、遊びの中にたくさんの「数」を取り入れてくれています。

我が子が急に出来なくなったこと

音に敏感!

我が子は音にとても敏感です。どんな風に聞こえているのかは本人にしか分かりませんし、まだ幼いのでそれを伝える術がなくいつもに怯えています。

冷蔵庫からする音

冷蔵庫からブーーンと音がするのはシーンとした夜中などに聞くと大人でも一瞬ドキっとしますが、子供にはこの音がどうしても気になるようです。それから製氷機の音。自動で氷が製氷機から落ちるガラガラという音や、水が注がれるときのポコポコ…という音にも敏感です。

特に機械音が苦手なようで、掃除機にもときどき恐怖を感じています。掃除機はかなり大きな音がでますから、仕方がないのかな、とも思いますし、敏感に感じる日とそうでない日とがあり、テレビなどに集中しているときはあまり聞こえていないような感じもします。

外から聞こえてくるさまざまな音

救急車や消防車なんてのは当たり前。私が聞こえないような遥か彼方を走っているであろう救急車のサイレンの音が聞こえるというのもよくあることです。

近くで草刈りをしていて草刈り機の音がブンとなるだけで「なんの音?」とやや怯えて言います。流石に外なのでそんな爆音では聞こえてきませんが、やはり気になるよう。

水の流れる音が怖い

水の流れる音はさらさらと静かに流れるのであれば反応はないですが、細い管を通るときのあのゴロゴロという音や排水溝に吸い込まれるときのズズズッ、ゴロゴロゴロ、ザザザーーーというような大きな音に敏感に反応します。そして怖い言ってと耳を塞ぎます。水が鳴るなんて!というギャップや何とも言えない響き、流されていくという恐怖感が混ざって怖さが増すのかもしれません。

予定変更が苦手

急な予定変更に最近は怒ったり、泣いたりするようになりました。自分の予期せぬことが起きるのは誰だって戸惑うしドキリとするものですが、我が子にとってはかなり重大なことのようです。

行くと言っていたところへ行かない

始めに「ここに今から行くよ」と言ってこちらの都合や何かで行けなくなり、「そこには行かずに違うところに行くよ」と言うとグズリ出します。時には泣いたり、始めに言ったところに行きたい!と言ったりしてなかなか新しい場所に行けなかったりします。

泣くまでには至らない場合も、長い時間ずっと「〇〇へ行く!」と言いて駄々をこねるので切なくなったりもします。もちろんイライラすることも(;^_^A

思っていたことと違うことが起きる

自分で予想していたこととは異なることが起こると激しく感情が高ぶります。自分が楽勝で勝てると思っていたゲーム。いつもやっていること。いつも見ているものが急に違っていると怒ったり、泣いたり、ジタバタしたり。自分で描けると思っていたお絵描きや塗り絵。少しでもはみ出したり、上手く描けないと興奮して怒ったり、泣いたりして人にやってくれと投げやりになります。

トイレに行けなくなる

そうした二つの特性が重なってしまったのがトイレ問題です。

あるときいつもは自動で流れないトイレが自分が座っているとき、なのか立ち上がった瞬間、なのかは分かりませんが急に流れたのだそうです。後で聞くとそのトイレは水を流す機能を自動と手動に切り替えられるトイレだったのだそう。たまたま前回使った人が自動に切り替えていたのでしょう。

「トイレがね勝手に流れて怖かったのよ」とその夜子供は私に話していましたが、そうなんだ、くらいにしか思っていなかったのです。

すると翌日に先生に呼び止められて、子供がトイレに行きたがらなくなったと聞かされて、怖い怖いといってトイレで用が足せなくなったというのです。トイレが勝手に流れるのは我が子にとってはかなり衝撃的なことだったんだなとようやく認識しました。

それからおまるを使う日々が続き、外ではトイレに行けないのですぐに帰ってこなければいけないし、無理やり座らせたりもしてみましたが泣いて抵抗してもうお手上げ状態でした。

園ではもうすぐ遠足に行く。トイレに行かれないのでは体のことを考えて厳しいと先生方も言っていました。

これはいけないと、何度も子供に言い聞かせたり、和式を体験させたり、音をカットしてくれるヘッドホンを購入したり色々と手を尽くしてみました。子供なりのルールもあるので、なかなか「怖い」という感情を乗り越えさせるのは上手くいきませんでした。

結果的にお友達は凄い!

子供同士の関係性というのはやはり凄いなと思いました。

というのも、あれほど嫌がっていたトイレですが、(先生がおまるを隠して覚悟を決めさせたという陰ながらの努力もありますが)怖い怖いと言いながらもお友達が平気でしているのを見て、だと思うのですが、自分もするとすんなりと受け入れたそうです。

それを聞いたときには、あの「トイレ絶対行かない!!」という抵抗の日々は何だったのだろうか(笑)と思いますが、行けるようになってくれることが何よりも嬉しかったので良しとします。

嫌いな食べ物もお友達が食べているのをみて食べたりしますもんね。

グッジョブお友達!と思った筆者です。

TVで今の自分のアンテナに引っ掛かった、友田明美先生を知る。

NHKのプロフェッショナル 仕事の流儀で小児神経科医の友田明美先生のことを知りました。
自分のベクトルの向いている方向に注意を凝らしていると、
様々な情報が自然と入ってくるのだな。

何気なく見ていた、テレビの番組表で

NHKのプロフェッショナル 仕事の流儀に
傷ついた親子に幸せを~小児神経科医・友田明美
という番組タイトルが目に飛び込んできました。
発達障害や虐待という言葉もあったように思います。

今みたいと思っていた番組がたまたまあったのか、
自分が今まで気にしていなかったことでも、アンテナが
立ったことで巡り合ったのかは分かりませんが
(おそらくは必然的に?)

発達の遅れている自閉症の子にどんな風に関わって行けばいいのか。
知りたいからこそ情報が入ってくる。

しかし、虐待に関しては非常にその言葉だけでも
聞くだけで、心が締め付けられるというか、
キツイのです。感情が。

HSPの特性なのか、
虐待に至る親の感情や子供の悲痛な心の内などが
憑依したように自分にやってくるので
ニュースなどで情報として飛び込んでくる話でも
目で見ていなくても
非常にツライ。

だからそうなるといつもチャンネルを変えたり
ワーワー言ってみたりして遮断するのです。

が、
今回は何となく向き合って、
小児神経科医の先生が語るからなのか
我慢して聞けました。
私が向き合わなければいけないことなんだろうな~とおぼろげに。
(私が虐待をしているという訳ではありませんが汗)

親に虐待というほどのことは受けていませんが、
少しだけ受けた経験もあります。
ネグレクトと呼ばれるほどすさまじいことをされた経験はありませんが、
親の心が私には向いていなかったと感じた経験はあります。

だから余計に辛いのかもしれません。

子供にはそういう思いをさせたくない。
親が変われば
子も変わる
とそう友田明美先生は言われていました。

その通りです。
親がまず変わらなければ
子供にいくら早くしろ!早くしろ!と言っても
ちゃんとしろ!ちゃんとしろ!
といっても変わりません。

自閉症の子には特に
”できないこと”
があるので、頭ごなしに叱っても
何も生みません。
恐怖と不安だけ。
生み出されるのは。

まず、親がゆとりを持った行動をしないと。
そう言い聞かせた午前です。

しかし、これからのことに何か
この番組が関わっているのでしょうか。
今はわかりません。

我が子が出来る事、出来ない事

癇癪持ち

うちの子はできないことがあると、感情が爆発してしまいます。
軽いときはおもちゃなり、自分ができなかったものに対して、当たって、放り投げたり、壊したりして最後にできないと駄々をこねますが、
酷いときには嗚咽するほど泣き叫んで平常心を失ったような状態になります。
まあ、子供に平常心を持て、というのも無理な話なのでできないことにぶつかったらイライラして投げ出してしまうことは誰にでもあるのかもしれません。

ただ、こんなに癇癪を起すのかな?
できるよ、やってみようと言っても
思い込んだらまっしぐらなので聞く耳を持ってくれないのは
少し心配になるのです。

できるを養いたい

少し酷かな?と思ったのですが、出来る事でも少し失敗するとすぐに投げ出してしまう性格は変えてあげたいのが親の性だと思います。
それができるのも、やっぱり親なのかな、とも。

今日はいつも脱ぐのにてこずって”やって”と言ってくる靴脱ぎを自分でさせてみることにしました。

心を鬼にして、できるからやってごらんと繰り返し言ってこちらが忙しいようなそぶりを見せても
やっぱりいつものように、「できない」「脱げない」「やって」を繰り返すばかりです。
終いにはワンワン泣き出してしまって嗚咽して「でーきーなーいー!」と大声で言い出して、
虐待と思われないかとハラハラものですが、

できるから、やってみて
こうするんだよ

手順を一生懸命教えて促しました。

癇癪を起してしまったときは指しゃぶりをすると気持ちが落ち着くので、
指しゃぶりもあえてさせながら
気持ちを落ち着かせて

できるよ、こうするんだよ

子供は泣きじゃくりながらもようやくやってみる気になって
懸命にかかとから靴を取ろうと頑張って、とうとう片方の靴を脱ぐことができました。

「よくやったね!できたね!」

できた感動は、私の方が大きかったかもしれません(笑)

アドラー心理学の岸見先生には褒めてはいけないと言われそうですが、褒めずにはいられませんでした。

よくやった、我が子。
ワンワン泣かせてごめんよーと思いながら抱きしめて、
抱きしめられるのが苦手な我が子は、抱きしめられることが嬉しいことではないらしく
やめてくれと嫌がられましたが(寂しいもんです。抱きしめ拒否は(泣))

とにかく嬉しかったです。

辛かっただろうけれど、できた!を実感できていればなと思います。

保育園での行動

保育園の先生から聞いている話では我が子だけ、自分がやりたいと思ったことに集中し出すのだそうです。

確かに、家でもこうしてーと言っても自分のしたい遊びにまっしぐらだし、
上手く促せたときはそれをやってくれますが、自分が気になったものがそこにあるときには
こちらがいくら言っても言うことを聞きません。

好奇心旺盛?

とにかく興味のある方へある方へと気持ちが行ってしまいます。心理検査のときもそうでしたが、1つのおもちゃで遊ぶことはできず、次から次へと興味が移っていき、興味があるものすべてを箱から出してきてそれぞれの場所を巡りながら遊ぶのを繰り返すのです。

カウンセラーの先生がこのことに気付いて言われていましたが、保育園の先生も同じことを言われます。

好奇心旺盛だということには変わりはないのですが、こちらの言うことを無視して自分の興味の赴くままに…が多分何らかの症状というか、他の子とは違う所なのだろうなと思います。

人と一緒に、が分からない

きっと、人に合わせるということや協調性という所が欠けているのかな。そう思っています。
先生に習ってみんなは同じことをしているのに、我が子だけはおもちゃで遊んだり、興味のある場所へ行ってしまったりするのだそうです。
先生方はよく分かってくれているので、そのままにしてくれているそうですが、周りの子供たちからすると、なぜあの子だけ一緒に行動をしないのだろう?と不思議に思うこともあるでしょう。

こうした行動は個性と言えば個性ですけれども、
これを社会に出たときにやってしまうと、かなり周りにも迷惑をかけるでしょうし
本人も辛い思いをするのかな?
と、予想しています。

来月、施設の見学日が決まったので見学に行く予定です。
みんなが何かをしているとき、同じことをしているとき、先生に習って同じ動きをしなければいけないと気付けるのか、
できれば、気付けるようになって欲しい。

このことについては自分でもいろいろと調べてみたいと思います。