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自己肯定感を高める作業 これまでの歩み⑧

失った自尊心・自己肯定感

子供の頃に機能不全の家庭に育ったインナーチャイルドを抱える人は自尊心がなかったり自己肯定感が低かったりします。どうしてそれらを失ってしまったのか。失ってしまうとどういうことが起きるのか。自尊心や自己肯定感を高めるにはどうしたらよいのかを考えていきます。

幼少期の経験


私はある時期親が大嫌いでしたし、親に育てられたなぁ、ありがたいなぁと本心で思うことがないです。(形だけはありがとう!とかいったりできますが…)
確かに楽しかった瞬間はありますし、家族でカードゲームをしたり人生ゲームをしたなぁ、あのときは楽しかったなと思うこともなくはないです。なので物凄く放ったらかしにされて育ったわけでもありません。

ただ幼い頃、母親は病弱で入院をして親戚に預けられていた期間があり、父親は子供の面倒を見ず自分のしたいことだけをする軽いネグレスト気味な人だったので私はどこに感情を吐き出していいかがわからず、大人に気に入られなければならないと思いながら育ったのだろうと思います。

親は共働きで、特に母親は昼も夜も働かなければ家族が生きていけなかったので、子供たちが起きてる間は家にいない状態というのもありました。一生懸命働いてくれたんだろうな。大人になれば働くってことがどれだけ大変かが分かってくるので、それはそれで感謝もしています。

しかし、子供と全くコミュニケーションが取れていなかったり、会う機会の少ない子供にいつも辛く当たっている。仕事で疲れていることを私たちにぶつけている?というような状態は私たちのために働いてくれている親を子供が逆恨みするという悪循環を生み出します。

だったら貧乏でも温かく優しい親の元で育てられた方が幸せなんじゃないかと思ってしまいます。私たち子供が大人になってから母親もそんなことを口にした日もありました。寂しいときに側にいてくれる。それだけでも子供は自分はここに居ていいんだと安心したり、自己肯定感を養ったりできるものなのではないかな。私はそう思います。子供の頃、いつも親が側にいなかったから。

大人になって困ること


自尊心がなく自己肯定感が薄い人は大人になってから、特に社会に出て働いたり人間関係を構築して上でさまざまな問題が起こってきます。その中でもよくある大人になってから困ることを書き出してみたいと思います。

・人の言うことは間違いがないと思っている。もしくは思い込んでしまっている。
・自分で考えずに他人を信じる。信じたいという心境がある。
・嫌なことも「イヤ」と言えない。
・過剰に人に合わせてしまう。
・他人の嫌がらせや悪口にも文句を言えない。言い返せない。その通りだと思って落ち込む。
・自信がなく新しいことができない。極度に新しい環境を恐れる。
・突発的にキレる。怒りの調整ができない。怒ると爆発する。
・自分が愛されていると思えないので、些細なことで他人が私を嫌っていると思い込む。
・親しい人間関係が築けない。いつも依存するか拒絶するかになる。
・自分を低く見せて気に入られようとする。
・自分を労わることができず追い込むことばかりしてしまう。
・いつも自分を責めている。
・できないと思い込んでいる。
・自分の感情よりもどちらが得をするのかを基準にしてしまう。
・自分にいつも嘘をついているので、人に間違った捉え方をされるし望まないことに巻き込まれがち。
などなど…

自尊心や自己肯定感が低いと自分の人生を歩んでいるという感覚が薄く、いつも他人の評価を気にして、出来ない自分を責め、身動きが取れなくなっている状態の人が多くいます。そういう人は他人から責められることによってうつ病を発症したり、自信のなさや自分の存在感のなさから自傷行為に及んだりすることも少なくありません。

自己肯定感を高めるには


本来の自分を取り戻すために、自己肯定感を高めたい。こんな自分ではもういたくない。そうは思っていてもどうやって高めていけばいいのかわかりません。つい何年か前まで、私もそう思いながら辛いな、辛いなと言っていました。自己肯定感を低くしているのは自分の中の思い込みが一番強いのだろうと私は考えています。だって今は親からも離れ、生活もできているし、結婚もして、子供も生まれた。世間一般からすれば幸せな状態にあるような状態にいます。でも自分は辛い。自信がないと言い続けます。

それを止めるにはどうしたら良いのか。
本来の自分、自信のある自分。自分を信じられる自分になれば、これらの悩みはスッと波が引いたようになくなるのではないかと思います。

では、本来の自分に戻って、自信を取り戻し、自分を信じられるようになるにはどうしたらよいのか。今、私自身が実践していることや見聞きした方法を書き出してみようと思います。

小さな目標を次々とクリアしていく

日々の生活の中で、小さな目標でよいのでそれを一つずつ確実にクリアしていくことで自分の自信を積み上げていく方法です。できないという思い込みをできるという潜在意識に書き換える作業です。

潜在意識の中にこれまで培った「私はできない」という思い込みはかなり強力なものです。それを崩していくにはいきなり大きな目標を持ってイチかバチか達成させる効果を狙うよりも、確実に「できる!」を積み重ねた方が思い込みの壁を打ち砕くのには有効だと思います。万が一自分の目標が達成されなかった場合、「ほらね、できないでしょ」と自分を納得させてしまう可能性があるのも理由の一つです。

道のりは遠いように思えますが、これが一番の近道だったりもします。やる癖が付けば、次第に目標のために動くことが苦にならなくなるのも不思議です。今まで外に出るのも嫌だったのに、「これを達成しよう!」という理由があれば外に出ていくことが比較的、楽に行えるようにもなったのです。

アファメーション

アファメーションとは短い言葉を発して、マイナスな潜在意識をプラスに変える脳への働きかけのことです。
アファメーションで大切なのはこうなりたい!という予想ではなく、自分が今まさにそういう状態にあるということを言葉に出して言うことです。

人に愛されたい場合は
・私は人に愛されたいです

というのではなく、
・私は人に愛されています

とすでにそうなっている状況を発することで、愛されている状態を引き寄せます。

愛されたいと言ってはいけない理由は愛されたいとずっと思い続けている状態を引き寄せてしまうので、愛されるのではなく、永遠に愛されたい状態を継続してしまうからです。

こんな簡単なことで変わるわけがないと思うかもしれませんが、「私は誰からも愛されています」と言い続けていると、あーこれいつもの嫌われるパターンだ~と思ったことも顔を合わせるとぜんぜん怒っていなかったり、むしろ大切にされたり、あなたに癒されると言われたり、不思議なことがたくさん起こりました。

ドキドキする不安な心はそう簡単には無くならないけれど、あれ?いつもと違うな、好かれているのかな?私、と思う場面が増えてきたのも事実です。

最近はよりしゃべる言葉に近いような言葉で自分に話しかけます。

・最近好かれとんよね~私
のような言い方です。話し言葉である口語と書き言葉である文語の感じ方はやはり全く違います。特に方言のまま言ってみると真実味が増して、自分でも妙に納得できるんです。私は愛されています。と小説の一文みたいな言い方だと「えー嘘だよね~」ってどこか疑ってしまうのでこの言い方に最近は変えています。

自分の長所と短所を書き出す


自分のことを知る上でも長所と短所の書き出しは効果的です。文字におこして自分の目で見て、あーこういうところが私にはあるなと確認ができれば自分を受け入れる作業も楽に行えるようになります。

ダメだと思っている短所は自分でダメだと決めつけていることが多く、それは幼い頃にそう言い聞かされてきたからかもしれません。私はオトナシイ子、そう言われて育ちました。実際の自分はおとなしくありません。活発ではないだけで、心の中はいつも嵐です。おっとりなんてしていません。激しい怒りの感情や喜びの感情をどう表現していいのかを知らないだけでした。

だから、おとなしくてもいいし、おとなしくなくてもいいし、どちらでもいいんだ。そう自分に言ってあげます。
人の言ったことをその通り実践しなければならないから、私はおとなしくてダメな子、そう今までは潜在意識が決めつけていました。

そこから解放されるのです。

自分の良い部分を毎日褒める

上記の「自分の長所と短所を書き出す」が済んだらこれをやるとより自分の中で決めつけた短所から解放されます。それは短所を裏返せば長所だし、長所を裏返せば短所になりうるからです。どちらの自分もあってOK。それが自分を作り上げている要素だから。そう思えたら最高です。

そうした観点から考えて、人からの承認を得なくても、自分自身が自分のことを肯定して良いと言ってあげていれば、自己肯定感はおのずと高まっていきます。

「うそでしょ、そう思っていない自分が自分に言っても意味ないんじゃない?」と思うかもしれませんが、毎日目に見えるように書き出したり、声に出したりしていると脳はそのことを潜在意識の中に刷り込んでいくので、自分の思いとは別に「自分は素晴らしい!」と無意識に思うようになってくるのです。

人からしてもらったことを書き出す

自分はしてもらえないのが当然だと思いながら、やってもらえないことを恨んだり悲しんだりしていることが自己肯定感をますます下げてしまいます。してもらえなかったことにフューチャーするのではなく、やってもらったこと、それにより嬉しかったこと、感謝をしていることなどを紙に書き出してみましょう。書き出すことで自分もたくさんのことを人にしてもらっているんだなということに気付くことができます。

他人の態度にムカついて私は大切にされていない!と私もしょっちゅう思ってしまいます。特に家族となると一緒にいる時間も多く、遠慮がなくなるのでより強い憤りを感じたりもします。そんなとき、紙に家族、例えば旦那がしてくれたことを書き出してみるのです。
・いつもゴミ出ししてくれる
・お風呂の掃除をしてくれる
・子供を遊びに連れて行ってくれる
・旅行の計画を立ててくれる

忘れているだけでたくさんのことをしてくれている旦那に気付けました。
あまりにも書き出すことがない!という場合は結婚生活を見直すという解決法も必要になるかもしれませんが、自分がしてもらえない!と思った時には一度冷静になってしてもらったことを数えてみると案外たくさんのことを与えて貰っていることに驚きます。

カウンセリングを受ける

これまで色々な方法を書いてきましたが、自分ではどうしようもないというときもあります。私自身も自分を責め過ぎて抜け出せないほどどん底を味わっていたとき、藁をも掴む思いで電話カウンセリングを受けたことを思い出します。

専門の先生にカウンセリングを受けることは私にとって吉でした。個人でされている先生のカウンセリングは金額が高めなので躊躇してしまいますが、人からワークやセッションを受けるのと、本やブログを読んで勉強するのとでは全く違う効果があります。心が解放されるような感覚を今でも覚えています。これ以上は抱えきれないとなったときには思い切ってカウンセリングを受けてみるのもいいかもしれませんね。

保険適用の病院でのカウンセリングや市町村などで行われている無料カウンセリングを利用するのもおすすめです。人に話して理解をしてもらい同意してもらうということも自己肯定感を高めるのに効果的だと思います。

瞑想をする

私自身は瞑想に対する知識がそれほどないので、瞑想とは自分の呼吸に意識を向けて、周りのことから自分のことに意識を変える作業と認識しています。色々なやり方やマインドフルネス、瞑想、座禅などとさまざまな考え方がありますが、難しく考えずに、まず自分を貶めるような考えや思考を止めてフラットな状態に戻るときに用いるものと思い実践してみるのが良いのではないかと思います。

関西の産業医をされている精神科の井上先生が詳しいやり方やなぜ呼吸法が用いられるのかについて書かれています。
井上先生のブログ「たたかう産業医!」はこちらからどうぞ↓↓
『マインドフルネスは、なぜ”呼吸法”に注目したのか?』

簡単に書き出すと
・10秒以上かけて呼吸をする
・呼吸をするときは吸うよりも吐くことに集中する
・吐くときは息を全力で吐ききる
・これを5分以上続ける

となります。

とても分かりやすく、取り組みやすいので瞑想初心者の方におすすめしたいです。かく言う筆者も初心者も初心者なので先生のブログを見ながらココロが乱れたときは呼吸を整えています。

アロマを活用する

今私が最終的に辿り着いたのがアロマオイルです。香りというのは心の癒しにとても効果的に働いてくれます。私自身は最近ヤングリビングのアロマオイルに出会い、小さい頃のトラウマや自分の中の思い込みと向き合って新たな一歩と踏み出そうと日々奮闘しています。

アロマの香りを嗅ぐだけで気持ちのリセットができ、辛い思いから抜け出す手助けをしてくれるような、香りにはそんな力が秘められています。世には数多のアロマオイルが存在しますが、不純物を含まない天然のオイルが効果的だろうと思います。植物の力は人間の心に深く働きかけてくれているような気がするのです。

好みもありますし、スピリチュアルなことは苦手!という方は深く考えず、好きなアロマを焚いてその匂いを嗅いでいるだけでも心が落ち着くのではないでしょうか。

まずはやってみるが一番の近道


怪しいよな、こんなので効果があるの?と思うこともあるかもしれません。自分のことを書き出したり、肯定的に自分のことを言うなんて恥ずかしくてムリ!とか、自分と向き合いたくないと思うのも仕方がありません。だってずっと自分はダメな奴と思い込んで生きて来たのだから。

しかし、どこかでこの壁をぶち破りたいのであれば、まずはやってみることです。

恥ずかしくても誰もみていなところでやればいいんです。根拠のない自信が湧いてきたらそれが自己肯定感です。
私自身はインナーチャイルドに加えてHSPの人の感情に振り回されるという体質を持っているので、まだ湧いて来たりしぼんでしまったりを繰り返していますが、明らかに何かが変わってきていると感じているのでこれからも続けていきたいと思います!

情けない自分を受け入れるという作業 これまでの歩み⑥

心を病んでしまった人がやらなければいけない課題

一番辛い作業であり、やらなければこれからの人生が変わって行かないということが
「情けない自分を受け入れる」という作業です。

こんな私なんて最低だよねーーー!
なんてごまかしも通用しません。

だって、そんな風に自分を捉えて妥協して今まで生きて来たんだから。
それを変えるなんてまず無理だし
ダメな自分を受け入れるということは
やらなければいけないことがたくさん増えていくということにも繋がるから。
それが感覚的に分かっているので
心を病んだ人は自分を受け入れるということを避けて生活をしています。

心(ココロ)が傷つくのは自分の考え方のせい

羽根

ダメな自分であった方が実は心地いい。
そんな馬鹿な事があるわけがないと思うでしょうが、実体験しているのでこれは明らかにそうです。

ダメな自分であれば、それ以上成長しなくて済むし、失敗した時にほらね、だからダメだったでしょ、で終われるから。
そういう考え方でいると責任をつい他人任せにしてしまうので嫌われたり、ダメな奴だと思われやすくなります。
そうして傷つくのは結局自分なのに、気付かずに人ばかりを恨んで過ごしてしまいがちです。

人のことを恨めない人はそこでさらに自己嫌悪に陥り悪循環が始まってしまいます。

子供の頃に母親に認めてもらえなかった人は特に自分を軽視する傾向にあり、さらにHSPの気質を持っていると自分が悪いと思う感覚が強く加わるのでこの自己嫌悪を長くこじらせてしまうようにも思います。

もういいんだよ。自分のココロ

こんな悪循環はもう終わらせましょう。

ねぇ私。もうやめにしない?
自分なんかって思うのもう止めよう。

自分なりに一生懸命生きて来たでしょう?
だから、もう自分を許してあげよう。

これからだって大変なことが待ち受けてるかもしれないけれど。
もっと何かをやらなくてはいけなくても、何でもやってみればできる。
ダメだったらまた次の扉を開いてみればいい。
だから不安ばかり自分に与えないで自分を好きになってみよう。

自分を許すとはどうすることか

花
とは言っても長年続けてきた思考を止めて自分を大事にする、許すなんてどうやってするんだろうと私なんかは今でも時々頭がパニックになります。

アドラー心理学ではそうして生きて来た思考を変えるにはその2、3倍の年月がかかると言います。それじゃ今世では変われないかもしれないな私(笑)それくらい、自分の続けて来た思考を止めて新たな考え方を自分の中に根付かせるのは根気のいる作業だと思います。
やったことがないから、予想も付かないし。
変わることが怖い、とか、変わらないで!と、潜在意識が訴えかけてくるかもしれません。

どうやったら思考を変えられるのか。
自分なりに考えてみました。

自分の思考を変えて自分を許すには

どう実践したかを少しお話しします。悩んでいる方の参考になれば幸いです。

恥ずかしいけれど心に響く方法

まずは言葉に出して言ってみます。

「もういいよ」

「もう悩まなくていい」

「よく頑張ったな自分」

「それでいいよ」

「別に私は悪くないよ」

そういう言葉を自分に対してかけてあげること。

バカバカしいように感じたり、自分で自分にそんな言葉を言うなんて!って恥ずかしがったりしてしまいがちですが、そこをグッと飲み込んでとにかく自分に聞こえるように言ってみる。

これは即効性はないですが、じんわりと自分を癒しているように思います。

刺激や行動・運動

過去、まったく辛い思いや自己嫌悪から抜け出せなかった時期は、ただただ布団の中で「胃が痛いー!」だの、「眠れないー!」だのやって過ごしていましたが(復活に2週間ほどかかっていました。仕事場でそうなった場合は仕事を辞めてから寝込むパターンが常でした。)

最近は気付きがあって症状が軽くなってきたので、グルグル回るマイナス思考、自己嫌悪に対して自分の頬っぺたを両手でパンパンと叩くとか、直ぐに動き出す。お風呂掃除を始める。料理を始める。だのをきつくてもやるだけやってみる。動き始めるだけですが考えが薄れてきているのに気付きます。

言葉に違いが見られる

そうして自分を許していくと、普段投げかけられて怒る様な自分に対する批判に対しても「そうなんですよ」と言えたりします。そんな自分ですが何か問題がありますか?っていう感じで開き直るというか、あなたから見てもそうだよね、と二人で納得するというか何と言いますか。
そうしたら相手も、あ~分かってんだ、となります。
優しい人だとこうすればいいよとアドバイスをくれたりもします。
自分のそのときの気持ちはというと、
「言い当てられて恥ずかしい!」
「悔しい!」
「知られたくなかった!」
「そんなこと言わなくてもいいじゃない!」

がなくなりました。
無駄に悩むことが少なくなります。

そうしているとふと何も考えらえなくなった

そうやって自分に言い聞かせながら過ごしているこの頃なのですが、なぜだか今、どうしてこんな気持ちになるのか分かりませんがかなり無気力のやる気がない状態です。眠たいし、けれど眠れないし。

変わりたい自分と変わりたくない自分との葛藤が起こっているのでしょうか?

心がココにない感じがします。
ふわふわとしてしまっているような感覚です。

自分を許すことを続けるとどうなるのか?
変化が見られたらまたこのことの続きを書きたいと考えています。

猜疑心と怒りばかりの日々 これまでの歩み②

辛かった日々ですが、これがあったから今がある。
そう思って書いてみたいと思います。

それもまたツライ作業で…
少しずつ書いて見ます。

ぼんやりとしている子供時代

小・中学時代はとにかく一人でいました。一人でいても寂しいという感情ではなく、一人でいるのが当たり前な感じもしていました。
人は怖いと思っていました。誰からも相手にされない。されても利用されているだけ。そんな猜疑心でいっぱいの子供でした。

何となくお友達も出来たりしましたが、基本的にぼんやりと生きている感じで、”変な奴”だったと思います。物心が付いていないまま大きくなってしまったような感覚で、私の考え、とか意見、とかはあまり感じなくて

「こうすれば嫌われない、こう言えば相手が喜ぶ。」

あとは自分の好きなように心が赴くままに(嫌われないようにという潜在意識に従って)任せる、といったような。
ぼんやりと。

人のことを考えて行動するというよりは
自分の為(損得勘定や、嫌われないためにはといった考え)になるように行動をするのみで、
ただただ他者は怖い存在でした。

それが…

ある程度光が見えていた頃

何となく自分で志望したデザイン科のある学校に行くことになり、そこがとても自分に合っていたので高校時代は心が明るかったです。

自分に自信が持てていたように思います。絵を描くことが唯一の自分の誇れることだったし、何よりも楽しいことだったからです。

今になればですが、同じようにそうした気質の人が多く通ってくるからこそ、人に束縛や押し付けをしない人がいてくれたからこそ、自由を感じられたのかもしれません。不安に感じるようなことや自信を失うような出来事が非常に少なかった高校時代でした。

とても楽しかったです。この頃は若さもありますし、無鉄砲さもあります。
未来はとても明るいものでした。

それから直ぐに就職した先では、まだ高校時代のどこから来るのか分からない自信に助けられて、活き活きと過ごしていたように思います。そうした期間は別の仕事に移ってからももう2年ほど続きました。

一人で出来る仕事をあてがわれていたので2年ほどは続けられるのですが、不安と未来への期待が退職、再就職へと駆り立てて。そうしたことを繰り返すうちに段々と自信が失われていくのですが…

再びやってきた不安なココロ


3度4度と転職を繰り返すようになり、期間も半年と短いスパンになり、私は自信を確実に失いました。
何やってるんだろ~何にもできないな、私。
そんなことばかり考えていた時代です。

悲しみと怒りがありました。
どうして上手くいかないんだ、人に受け入れて貰えないんだ。認めてくれよ!!
仕事も上手くできないし、間違えてばかり。そもそも知らないことを何となくやる、みたいなこともやっていました。

全ては自分の見栄劣等感地に足を付けていない生き方の為に起こったことでしたが、その時はそれが正しいと思っていて、自分なりの夢も持っていたので何が間違いなのかもわからずに、ただただ日々に疲弊していたという感じです。

以前にも話しましたが、プライドが高くて、自分は何でもできるんだという勘違いからくる言動が負のスパイラルを生み出して、底の底へと落ちていくような、そんな最悪な毎日をやり過ごすばかりでした。

思い出すのも嫌です。
反吐が出るほど、あの頃の自分は好きではありません。

ですが、
そんな時代を確かに過ごしました。
そんな考え方でずっと。暮らしていました。