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随分、時が経ちましたが施設へ入所したときの事とそれからの事

検査結果を聞きに行ってから早1年6ヶ月

検査結果を聞きに病院に出かけてから早くも1年と6ヶ月が経ってしまいました。詳しく書く時間を見つけられず駆け足のように過ぎ去った1年半を時系列に辿ってみたいと思います。

まずは受給者証を貰いに役所へ

先生から福祉サービスの受給者証の申請のための書類を書いてもらい、それを持って役所へと向かいました。役所で受給者証を作成するのに伴い、どの施設を利用するのかを担当の方と話し合います。我が家の場合は市の発達相談で紹介して頂いた療育施設があったので、そこに行きたいと希望を出しました。

週に1~2回の療育施設を利用し、保育園に通いながら週の何曜日かに施設に通うというスタイルでやって行こうということに決まり、療育施設を紹介してくれるコーディネーターの方と一緒に見学にいくことになったと思います。中には毎日通うことのできる養育施設もありましたが、子供が行くことになったのは親が立ち会って1時間先生とマンツーマンでみっちりと教育を受けるという療育施設です。

施設の見学へ行く

施設へ見学に行った時は子供の手を引いて、ハラハラの親と興味深々の子供という感じだったと思います。親の心配もよそに子供は初めての先生方にも物怖じすることなく施設の遊具で遊んだり先生に絡んで笑ったり走り回ったり、楽しそうでした。

これなら大丈夫かな。

施設の見学を終えて即決でお願いして次の週から保育園に行きながら療育施設に通う生活が始まりました。

初めて施設で受ける授業

”授業”というのかは分かりませんが、(”活動”ですかね)初めて療育教育を受けたときは子供よりも親の方が緊張していたように思います(笑)
子供はちゃんと授業を受けられるのだろうか?とか、先生の言うことを聞かなかったらどうしよう?とか。そんな心配はよそに伸び伸びとしている子供。適応能力高いな~と感心しました。

通い始める

始めの頃は離席が目立ちました。先生の言うことを聞かなかったら遠くから怒ってしまったり。(子供が言っている施設では親はやや離れたところに座って見守ります。)でも子供は興味津々です。

特に体を動かす活動では走り回って、ジャンプして、滑り台やブランコ、トランポリン、色々な遊びができるようになっているので子供はニコニコ元気いっぱいに楽しんでいました。何回か行くともうすでに早く「〇〇に行きたい!」というようになり安堵したことを覚えています。

保育園から療育施設へ移る

保育園ではこれからますます規則が増え、みんなと一緒に行動しなければならなくなる。規律は大切だし、協調性や団体行動を学ぶことは大事だけれど、我が子にはかなり窮屈な思いをさせるかもしれない。保育園に行きたくないと言い出すかもしれない。

そんな一抹の不安がありました。

それに加えて、子供の特性に関して、その当時の担当の先生方はよく見てくれていて、力を注いでくれていたのですが、上級生を受け持つ先生の中には少し白い目で見られているような、そんな何となく気になる出来事があったりしました。

年齢が上がって行くと大変なのでは?子供が苦労するのでは?と思っていた矢先にたまたま療育施設をコーディネートをしてくれた方に会う機会があり、そんな中で、では通いの療育施設に移ってみてはどうかと提案がありました。

それも悪くないのかもしれない。

今までは療育施設に通わせるのは逆に大丈夫なのか?と思っていましたが、先生が多くて、子供が少なくて、たくさん手を掛けてもらえるような場所ならば、子供も伸び伸びと過ごせるのかもしれないと考えが180度変わっている自分にも驚きました。

善は急げと直ぐに手続きをしてもらい、通園型の療育施設へと移ってそれから1年と2ヶ月が経ちます。今はその通園型の施設と週1回の付き添い型の施設とをどちらも利用して楽しく生活しています。

時間が経ってみて

何だかわからずに、悲しかったり悔しかったりした時期は過ぎ去ったので、もうよくそのときの感覚は覚えていないです。今はとにかく起こることにこうしてみよう、ああしてみようと試行錯誤の日々です。

というのも、市の施設で開かれている発達の相談会では近くの心療内科の病院から心理士の先生が来てくださいますが、その先生に何度か相談を重ねていくことで子供はやはりアスペルガー症候群であろうという判断がされたのです。(今はアスペルガーと言わずに高機能自閉症スペクトラム障害というそうです)何となく覚悟は出来ていましたが、あーやっぱりそうかぁと心にズーンと来るものがありました。

しかし、悩んでいても仕方ないし、子供は早くから教育を受ける機会がこうしてあるのだし、通えているのだからいいのかな。と思っています。

久々の更新です。仕事、療育施設、HSP、カサンドラ、てんこ盛りです。

はじめに。西日本豪雨による災害のお見舞い

今回の西日本豪雨災害で
被災された皆様、並びにご家族様に対しましては心からお見舞い申しあげます。
皆様のご無事と一日も早い復旧をお祈り申し上げます。

色々ありました。

正月から更新がままならず、もう8月と半月以上も過ぎてしまいました。
cocoro*webにご訪問ありがとうございます。

8ヶ月もの間に状況も刻々と変わり、
子も母もめまぐるしく環境が変わって行ったのでなかなか報告するタイミングや心構えが出来ませんでした。

現在、一筋の光が見えたように思うのでこうしてパソコンに座って色々なことを思い出し噛みしめながら書き綴っています。

仕事に行き始めました

まず始めに起こった変化として、
ひきこもりだった母親の自分が働きに出るようになったのは変化の中でもずいぶんと大きいと思います。

もう、外に働きにはいけないかもしれないと自分自身では思っていました。

そんなときにたまたま見つけた短時間のパートの募集に惹かれ、

すったもんだとにかくこの会社でも色んなことがありましたが、今現在は理想的な環境で働くことができています。
こんなこと初めてです。すったもんだを乗り越えて良かったです(笑)

縁あり、施設へと

子供が保育園から施設へと通い始めました。

年度末で退園をし、4月から新たに
多機能型児童発達支援事業所に入所することとなりました。

自分自身では縁があったと思っています。だから、施設に通わせることも気が引けるとか
そういったためらいはありませんでした。

保育園に通っていたら、これからどんどんとたくさんのことを要求されるようになり(自由がなくなり)、集団で行動することが大切とされていくでしょうし、その中で我が子が息苦しさを感じるのではないかというのは何となく感じていました。

周りが行動するように自分も同じ行動を取る、というごく自然にできることが我が子にはどうも苦手そうでした。

だったら無理をして保育園に行かせなくても、施設で伸び伸びと過ごせた方がこの子のためになるのではないか?

ただ、集団生活を何も経験しないまま小学校に上がるのはどうなんだろうか?という心配もあったので迷いもしましたが施設で伸び伸びと時には色々と子供にとって辛いこともあるようですが、楽しく通っています。

旦那の離職

このことについて、話すべきか話さないでいるべきか迷いましたが、このことが大きな引き金にもなって辛いことが起きてしまったのでこのことについても触れておきたいと思います。

旦那は結婚をしてから3回も離職しています。

とはいえ、私自身もなかなか人間関係で悩むことが多く何度も職を変えて来た一人なので責めることは出来ませんが、
一般的な家庭なら、結婚してから更には子供も生まれたならなおさら旦那さんが仕事を辞めるということはしないと思います。

責任感?常識?そんなものですよね。

でも我が家は違いました。
何かあればポンと辞めて来る。

後先はあまり考えられないようです。

本人が辛いというなら仕方がありません。

ただ、頼り切っていた私は自立をしなければという気持ちに押しつぶされそうになりながらも働けずに
自分を責める日々を過ごすことになります。

ずっと職に就かないというわけではないので今はもう自分自身がしっかりするしかないという結論に至りましたが
それまではかなり辛いことも言われたし、自信を失ったりすることもありました。

でもこれまで生きてこられたので
これからもなんとか生きてはいけるのではないかと思います。

さまざまな気付き


8ヶ月の間に環境が変わり、そして精神的に色々なことが起き、物理的に接する人が変わったり増えたり、私たち家族全員がさまざまに変化を迎えたということもあり、多くの気付きがありました。

HSPなのかもしれない

私自身は仕事上の人間関係や子供を預ける場、保育園や施設などでの先生や他の親御さんとの関係などがとにかく苦手で、人の気持ちが分かり過ぎるという感覚に疲れるといった感じがありました。

それによって自信が持てない。育たない。人の目が気になり過ぎて上手く自己を表現できなかったり極端に緊張したりとかなりいい歳した人間がなぜ今だこんな状態なんだと愕然としたりもしました。

嫌味や陰口を言われれば自分が悪くない事であってもグルグルグルグル同じことで思いや悩むし、それがいつまでたっても消えずに動悸・吐き気・めまい・食欲不振などの症状として現れてくるのです。

流石に何度も起きるので調べてみたところ、HSPという症状に行き当たりました。症状と呼ぶのか、性格と呼ぶのかHSPについて書かれている本をとにかくたくさん探して読みました。

恐らく私はHSPではないかと思っています。
このことについて詳しくは別の機会にお話ししますね。

カサンドラ症候群

人間関係に疲れるという感覚がありながらも、どうしても私は話しかける事が止められず、会話をしたという欲求が抑えられませんでした。

でも、そもそも仕事関係の人や子供関係の人というのはそんなに腹を割って話をするという間柄にはなりませんよね。
もし仲良くなれたとしてもそれは少しずつお互いを知っていった上でいつのまにか仲良くなっていたという感じなんだと思います。

それなのに「仲良く話したい」という気持ちのセーブができませんでした。

それで気が付いたのがカサンドラ症候群です。以前に旦那のことで調べていた時にネットで発見して、そういう症状もあるのかということを知りました。アスペルガー症候群の人と結婚した相手の人や家族などがなる症状のことです。

自信を持てなかったり、自己評価が極端に低かったり、やる気が出なかったり、最悪鬱になったりするのが特徴です。他にも症状はありますが、私の場合は自分は存在しているんだろうか?という不安や急激にやる気がなくなったり、自己評価がある日ぐんと下がってしまったりと、酷くはないなりにもありました。特に私の中で顕著に表れたのが認められていないという寂しさです。

会話もたわいのないことなら成立しますが、話し合いとなるとまるでダメです。
意味の解らない事を言われることもありますし、言葉面にその言葉を使ってくるの!!という怒りや辛さなんかが
それこそ数えきれないほどありました。

人に話しても分かってはもらえませんから
ただ自分の中に積もっていき、時が来たら爆発する、を繰り返してきました。

そういったことを経験する中で、私に必要なのは
感情の情緒をやり取りできるような会話のできる人との関わり合いやそういう場での活動なのではないかというところに辿り着いたのです。

子供の発達について

先日、市がやっている子供の発達に関する面談で心理士さんに「言いにくいですが、恐らく自閉症スペクトラムでしょう。」と言われました。
始めの頃はまだ何とも解らないと言われていたので、今回初めてそうであると言われて覚悟はしていたのですが旦那と子供が同じだと言われるとかなり苦しいものがあります。

まだ小さなころに気付いたいので良かったです。色々な訓練をしているので、たくさんの学ぶ機会がありますと言われるのですが…

不安でいっぱいです。
たくさん分かり合いたいけれど
難しいのかな。

ちょっと涙が出ました。

でも、子供が生きてていくことに困らないように
何かしらのサポートを続けていけば、私が望むことの1つくらいは果たせるかもしれないので

そう言い聞かせてやっていきたいと思います。